石油代替エネルギー供給技術の有効性
2-3-4 海洋温度差発電

 これまで、太陽光発電・風力発電という、自然エネルギーを使った代表的な発電システムについて検討した。この他にも、波力発電や潮汐力発電などの発電システムが考えられているが、その基本的な問題は同じなので、ここでは敢えて取り上げない。波力にしても潮汐にしても、海水を扱うことから装置の保守・点検により多くのコストがかかり、耐用年数も短いものになる点に留意しておくべきであろう。

 さて、以上で紹介してきた自然エネルギー発電システムの共通の欠点の一つが発電能力の不安定性であった。これを克服するシステムとして登場したのが、『海洋温度差発電』システムである。果たして海洋温度差発電は発電方式として有効であろうか?

a. 海洋温度差発電の仕組みと効率

 海洋温度差発電とは、熱機関の一種である。熱機関とは、温度差のある二つの熱源の間を巡る作動物質の継続的な循環運動によって力学的な仕事を取り出す装置である。火力発電で使われている熱機関である蒸気タービンの構造模式図を以下に示す。

出典/槌田敦著『熱学外論』朝倉書店 p.110

 高温熱源から熱エネルギーq1を受取った蒸気発生器で、高温高圧(T1,P1)の水蒸気を発生させる。この高温高圧の水蒸気を蒸気タービンを介して力学的な仕事w2を取り出し、タービンを通過した水蒸気は復水器でq3を放出して冷却されて水に戻る(T3,P3)。高温側の蒸気発生器で高温高圧の水蒸気を作るために、循環ポンプが復水器側の水を蒸気発生器に高圧で送り込む。この循環ポンプの行う仕事をw4とする。
 この蒸気機関におけるエネルギー収支とエントロピー収支を求めると、

q1 + w4 = q3 + w2
q1/T1 + gs = q3/T3

ここに、gsは、この熱機関内で生成するエントロピー量である。
 この熱機関によって産出される力学的なエネルギー量w0は、水蒸気タービンから取り出される仕事w2から、循環ポンプで消費される仕事w4を差し引いた値となる。

w0 = w2 - w4 = q1 - q3
q3 = q1T3/T1 + T3gs
∴ w0 = q1(1 - T3/T1) - T3gs

 通常、熱機関の産出する仕事は、最終式の右辺第一項で表される場合が多いが、これは理想効率に対する仕事量であって、実際には無限大の時間を要する。効率を犠牲にして能率(仕事率)を上げることによって、系内に発生するエントロピー量に比例して効率は低下する。
 発電システムの効率を高める方法が明らかとなった。つまり一つは、最終式右辺第一項の値を大きくすること、つまり、高温熱源と低温熱源の温度差を大きくすることである。そしてもう一つは、同じく右辺第二項で表されるシステム内の発生エントロピーを減らすことである。

 炭化水素系火力発電では、ガスタービン・水蒸気タービン併用型の発電装置では、熱効率は0.6程度を達成しているようである。
 さて、そこで海洋温度差発電である。これは、海面近くの水温と深海の低い水温の20℃程度の温度差を利用して熱機関を駆動しようというものである。仮に、海面付近の水温を25℃、海底の水温を5℃として、この熱機関の理想効率を求めると、

η = 1 - T3/T1 = 1 - (273+5)/(273+25) = 0.067

 これは、最新の火力発電の熱効率の1/10程度、標準的な火力発電に比べても1/5以下という低い効率である。
 熱効率とは、高温熱源の持っている熱エネルギーの内、どれほどが仕事として取り出せるかを表した値である。海洋温度差発電の場合、既に環境温度まで拡散したエネルギー密度の低い熱エネルギーを利用するため、熱効率以前に絶対的なエネルギー量を確保するために莫大なエネルギー投入が必要になるであろう。
 火力発電では、燃料の燃焼熱によって高温熱源を作り出し、蒸気発生器で高温・高圧の水蒸気を作り、復水器で環境温度付近で廃熱を捨て去る。これに対して、海洋温度差発電では、環境温度(=海面付近の海水温)で熱エネルギーを受取り、深海の冷水に環境温度よりも低い温度で廃熱を捨て去る。海洋温度差発電では、仕事の原動力は、環境温度の海水の持つ熱エネルギーというよりも、深海の冷水の持つ廃熱を熱の穴として拡散させる能力にある。この冷却水を得るために投入される仕事、具体的には冷却水を循環させるための循環ポンプに投入される仕事は非常に大きくなる。この冷却水の循環ポンプで消費される仕事をw5 、発電所施設建設あるいは操業時の運転・点検・補修などに投入される仕事をw6とすると、実質的なエネルギー産出量wは次式で表される。

w = w0 - (w5 + w6) = q1(1 - T3/T1) - T3gs - (w5 + w6) < 0

低効率の熱機関の出力w0に対して、冷却水循環ポンプの運転に投入される仕事と、巨大な発電施設建設などに投入される仕事の合計 (w5 + w6)は、非常に大きくなるため、実質的なエネルギー産出量はマイナスになる。
 海洋温度差発電は、環境温度という既に拡散した、通常では廃熱としか考えられない質の低い(=エントロピーの高い)エネルギーから仕事を取り出そうと構想したところに既に致命的な問題がある。拡散したエネルギーから有効な仕事を取り出すためには、莫大な仕事の投入が必要になる。同じエネルギーを投入するならば、環境温度を低温熱源とし、冷却水を得るために投入されたエネルギーw5を高温熱源の加熱に使ったほうが、はるかに効率が良くなるであろう事は容易に想像できる。つまりそれが石油火力発電なのである。

b. エネルギー・コストないしエネルギー産出比(対石油消費)

 報道によると、佐賀大が実証試験をしている海洋温度差発電システムは、定格出力30kWで、建設費30億円だという。仮に、耐用年数を20年、施設のランニングコスト(循環ポンプの投入エネルギーを考えると莫大なものになると推測される)、保守・点検コストを無視した、控えめな発電単価を試算してみる。

30kW×24h/日×365日/年×20年=5,256,000 kWh
3,000,000,000円÷5,256,000 kWh=570.8円/kWh

 予測どおり、石油火力に比較して極めて低効率であることを反映して、とてつもなく高価な電力であることが分かる。投入エネルギーの経済コストは、これまで通り発電コストの20%と仮定すると、

570.8円/kWh × 0.2 = 114.2円/kWh

石油火力の23倍程度のエネルギー・コストということになる。エネルギー産出比を算定するまでもなく、石油代替になることは有り得ない。

c. 最終評価

 海洋温度差発電に限らず、常温熱として存在する莫大な量の拡散した熱エネルギーを何とか使いたいという欲求は心情的には理解できる。しかしながら、拡散した熱エネルギーは非常に高エントロピー状態にあり、そこから力学的エネルギーというエントロピーを持たない質の高いエネルギーを取り出すためには、常温熱エネルギーの持つエントロピーを全て取り去るだけでなく、更にプロセス中で新たに発生するエントロピーをも取り去らなければならない。そのためには、常温よりも低い温度の大量の冷却水が必要になることは、当然予測されることである。
 熱エネルギーの量にのみ着目し、熱エネルギーの質を考慮せず、熱効率、石油利用効率を無視して行うエネルギー開発は全て無駄である。


二酸化炭素地球温暖化脅威説批判 近 藤 邦 明氏 『環境問題』を考える より
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更新履歴
新規作成:Apr.1,2004
最終更新日:Mar.29,2006