問題克服の処方箋
「循環型社会形成推進基本法」の問題
―定常開放系のエントロピー論の視座から―

序 論

 近年,廃棄物の発生量は一般廃棄物では約5千万トン,産業廃棄物では約4億トンという高水準で推移しており,その対策としてのリサイクル率は平成8年度では,一般廃棄物で約10%,産業廃棄物では約42%で,リサイクルの一層の推進が要請されている。また不法投棄の発生件数は,平成10年度では 1,273件で,平成5年度の4.6倍に増大し深刻化している。最終処分場の残余年数は,平成8年度で一般廃棄物で8.8年,産業廃棄物で3.1年となっているが,今後の廃棄物処理施設の立地は困難であり,廃棄物処分場の枯渇が早急の問題となっている。
 そのような経緯の中で,2000年に公布された「循環型社会形成推進基本法」は,先述のような諸問題を解決するために「大量生産・大量消費・大量廃棄」型の経済社会から脱却し,生産から流通,消費,廃棄に至るまで物質の効果的な利用やリサイクルを進めることにより,資源の消費が抑制され,環境への負荷が少ない「循環型社会」を形成することをめざして立法された(1)。
 また,本法は廃棄物の取り扱いの優先順位を明確に示したところにひとつの特長がある。それは,①発生抑制,②再使用,③再生使用,④熱回収,⑤適性処分という順位である。それにより,本法はより実効性をもつ法律として画期的であることがいえる。つまり,これらの具体的施策をできるだけ実行し,廃棄物を再び資源として扱うことにし,それを使うことで廃棄物発生と資源の枯渇問題を解決しようと試みる資源循環型社会の構築を目指す法律であるといえる。
 リサイクルは「まだ使えるのに捨てるのはもったいない」という素朴な気持ちからきた市民の運動が原点である。そうすると,リサイクルは省資源を実現するとともに,環境に優しいという満足感から起こった活動といえるだろう。ところが現実に省資源が達成されているかどうかは,廃棄物を再び製品にする作業をするのに必要としたエネルギーと資源の問題を抜きにして判断することができない。新しく生産する製品のエネルギーと資源の量より,リサイクルして生産する製品のそれのほうが少なくなければ,省資源を実現したことにはならないということである。
 そこでリサイクルの意義と限界をはっきりさせることが大切になってくる。リサイクルは運動というイデオロギーの形ではなく,明確な理論としてまた政策としてその意義を示すとともに,リサイクルのどこに限界があるのかを理論的に論ずる必要があるだろう。
 あるものが資源か廃棄物であるかどうかは,自然科学の概念であるエントロピーの大小で決まってくるともいえる。エントロピーとは,物やエネルギーの属性であり,利用可能な物質・エネルギーのうちで利用不可能になった物質・エネルギーの割合を示す尺度と考えればいい。したがってエントロピーが小さいものは,まだ利用可能性が充分に残っているので資源であり,大きいものは利用可能性がないので廃棄物となる。
 リサイクルにエントロピーの概念を用いれば,リサイクルとは,いったんエントロピーが大きくなったものを,エントロピーが小さいものに戻すことといえる。ところが,自然界には,エントロピー増大の法則が働いていて,時間の経過とともに,自然にエントロピーが大きくなっていき,それが小さくなることがないのである。だから,廃棄物を資源にもどすとき自然に戻らないのだから,人間が手を加えて強制的にエントロピーを小さくする必要がある。
 あるものの大きくなったエントロピーを小さくするには,別のエントロピーの小さいものを持ってきて,その別のものにエントロピーを移すことで,大きくなったエントロピーを取り除き,小さくするのである。このとき,エントロピーが小さくなった分より,代わりに大きくなったもののエントロピーの方が大きいはずである。つまり,扱ったすべてのもののエントロピーを考慮すれば,全体としてのエントロピーは増えているのである。なぜなら,自然界にはエントロピー増大則が存在しているからである。したがって,リサイクルしたもののエントロピーは小さくなるが,代わりに別のもののエントロピーを必ず大きくしなければならないため,廃棄物の量はゼロになることはなく,必ずしも省資源には結び付かないのである。
 したがって,リサイクルは一般にあらゆる廃棄物を資源にすることができると考えられているが,エントロピー論を用いて考えた場合には,実際には,リサイクルするためには,新たなエネルギーないし資源の投入が不可欠であるし,リサイクルしたとしても廃棄物の発生をゼロにすることはできない。よって,単純にリサイクルを万能とすることはできないのである。
 ところが本法は,この点について規定せず,一般的なリサイクル万能論に傾倒しているように見受けられる。そこで「循環型社会形成推進基本法」で判然としないリサイクルと廃棄物の関係を,論理的に論じた理論的基礎を熱力学のエントロピー論とする。しかも,援用するエントロピー論は,閉じた系(孤立系)で成立するものではなく,開かれた系で成立する,すなわち定常開放系のエントロピー論とする必要がある。なぜなら,地球は宇宙とエネルギーの出入りのある開放系(閉鎖系を含む)であり,実験室のような閉じた系(孤立系)ではないからである。
 これによって,リサイクルの意義と限界を明確にするとともに,資源循環型社会を厳密に定義し,そのうえでどのような手段を選択していくことが望ましいのか提案し,もって本来あるべき「循環型社会形成推進基本法」を模索してみる。


問題克服の処方箋 近 藤 邦 明氏 『環境問題』を考える より
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更新履歴
新規作成:Mar.16.2009
最終更新日:Mar.16.2009