環境問題と公共事業 | |
3-3 治水システムの歴史的変遷 日本は、地形的に山地が多く、また年間降雨量も多いため、土木工事において利水と並んで治水が重要な要素になっています。 近代の土木技術が導入される前は、河川はかなり頻繁に氾濫を繰り返していたものと思われます。農耕、中でも水稲栽培を主とする日本では、沖積平野は古くより水田として利用されていたものと考えられます。河川上流域から流れ出す土砂は中流部・下流部に輸送され、河川勾配の緩やかな場所にその土砂が堆積することによって沖積平野が形成されます。 沖積平野において河川は、大雨により氾濫を繰り返すことによって、一時的には農耕にとって大きな被害をもたらすものの、反面上流域から有機物や栄養塩類など農耕には欠かせない物質の運搬手段として大きな役割を担っており、生態系の物質循環の上で非常に重要な位置にありました。また、河口部に土砂や養分を運び、沿岸漁業資源を育んでいました。 中世までは土木技術の限界もあり、社会的に重要な拠点を部分的に防御することが治水の中心であったと考えられます。水田耕作が始まって以来、中世までの長い期間、治水の中心は不連続堤の時代が続くことになります。例えば輪中堤や霞堤などがこれにあたります。 江戸期に入って、社会情勢が安定した期間が続いた結果、それ以前に比べてかなり積極的に新田の開発やそれに伴う利水施設としての水路建設や、運搬手段としての川舟の利用のための水路建設がさかんに行われるようになり、同時に治水工事もその重要度が増したと考えられます。江戸期には、河道の変更を伴うような、かなり大規模な土木工事も行われましたが、治水工法、あるいは河川機能は中世の延長線上にあったと思われます。 これが明治期以降、近代的な土木工法の導入とともに大きく変貌することになります。また、社会的な背景として、農地の私有化が進むことによって、私有財産の確保が以前に比べて重要度が増したこと、また農業技術として人為的な肥料の利用、特に現代では化学肥料の多用によって、河川の氾濫による上流部からの物質輸送機能という積極的な意味合いは薄れ、むしろ氾濫を極力抑制して(個人)財産を水害からいかに守るかが社会的な要請となったことも見逃せません。 以下、少し古い文献ですが、近代から現在に至る治水工法の歴史的変遷について引用しておきます。 16.2.2 治水工法の歴史的変遷(土木工学辞典 朝倉書店1980年 680~681頁) ・・・・・ 明治時代に入り,近代土木技術の導入とともに,大規模河川工事が可能となり,治水工法の主流は連続堤の構築に向けられていった.主要防御地点である下流から上流に向けて築堤が延長されるにつれて,洪水が激化するという一見,矛盾した傾向が現れはじめる.これは,今まで無堤部で氾濫し,期せずして遊水効果を発揮していた流域部分に堤防が築造されると,遊水を堤外地に取り込んでしまうために,洪水流量が増大するためである.この流量増加に対処するため堤防高を大きくすると破堤時の危険が増大することもあって,連続堤による洪水対策もおのずから限界があることが認識されて,第二次大戦以降,わが国ではさかんに貯水池による洪水制御が行われるようになった.詳細は後述するが,その原則は,出水期に可及的貯水池水位を下げて洪水を待ち,洪水時に極力この空容量に洪水を貯めこんで無害な程度に下流に放流するといった操作を行う. このように見てくると,点防御としての輪中堤,線防御としての各種築堤,立体的な容量確保としての貯水池といった史的変遷がたどられるからそれを外延すれば今後の治水のあり方は必然的に面としての防御,すなわち流域貯留による出水制御を目ざさざるをえないことが理解されよう. ・・・・・ 註)堤外地:堤防にはさまれた河道および河川敷地を指す。(近藤) 上述のとおり、現在の主要な治水工法は貯水池(治水ダム)~連続堤工法です。この工法は、引用文にも説明されているとおり、またその他にも色々な問題点を含んでいます。 まずダムについては、現在の日本においては治水目的という単一目的のダムは少なく、むしろ農業用水・工業用水・生活用水の確保などの利水目的も大きな要素です。降水量の多い、つまりダムによる洪水調整が必要な時期は梅雨時期から台風シーズンですが、この時期は同時に農業用水や生活用水の消費量が増大する時期であり、利用可能なダムの貯水量はあるレベルを確保する必要があるため、放流操作には常に治水と利水のジレンマが存在します。更に、水量調整に大きな意味を持つ降雨量の予測もかなり難しい問題を含んでいます。また、貯水池の水は動きが少ないため、常に酸素欠乏的な状態にあるため水質の悪化は避けることが出来ません。また、ダム建設以前の環境を大規模に改変するため生態系あるいは地形の安定性が損なわれることになります。 連続堤による河川改修の基本的な考え方は、いかに速やかに大量の水を海に放流するか(疎通能力の増大)というものです。その方法は、河川の流水断面積を増加すること、水深を大きくすること、河床勾配を大きくすること、そして流水抵抗を少なくすることです。具体的には、河川の幅と深さを大きくすることによって流水断面積と水深を大きくし、蛇行した河道を直線的に変更することによって河床勾配を大きくし、更に3面をコンクリートで張るなどして流水抵抗を少なくすることです。 コンクリートの連続堤の築堤によって、河川と流域の水の相互の交換は抑制されることになり、引用文でも指摘しているとおり、堤外地に遊水池を囲い込むことによって洪水は激化する可能性があります。また、疎通能力を増大するということは、河川水のエネルギーをなるべく損なわないようにすることですから、どこか連続堤の弱点部分で破堤すると大きなエネルギーを温存した洪水流がその点に集中して激甚な災害になる可能性が高くなります。また、堤内地に流れ込んだ洪水流は嵩上げされた連続堤によって築堤前に比べて長期間堤内地に滞留することになります。 自然河川の河床では、上流域では大きな岩石があり、中流域では川砂利や砂、下流域では細砂や泥が堆積しています。また地形や地質によって滝のような急流があり、また淵や瀬が形成され、また蛇行し多様な環境が形作られました。自然河川は流下するうちに複雑な地形で適度に曝気され、多様な環境に多様な生態系が形成され、水棲生物は河川水の溶存物質を消費することによって河川水を浄化していました。また、洪水時の河川の氾濫を含めて河川流域との有機的な物質交換の担い手として重要でした。 ダム~連続堤による治水は、基本的に破堤しないことが前提の工法です。これは言い換えると、川を堤外地に囲い込み、流域から河川へ水あるいは水に含まれる物質を一方的に流し込むことです。これは河川と流域相互の物質交換を抑制するため、流域の生態系との物質循環を抑制することになります。また、上流部の取水で減少した河川水を疎通能力を大きくし放水路と化した単調な河道に流し、更に流域からの生活廃水が流れ込むことによって水質の悪化が進んでいます。こうして、河川および流域の生態系は両方とも貧弱なものになります。 ダム~連続堤による治水は、破堤しないことが前提ですが、ダムの放流操作の失敗も含めて完全ではありません。無理に連続堤の嵩上げをすることは破堤時の危険性を増大することになります。加えて河川上流部に及ぶ流域の都市化(地表面の不透水化、雨水の排水路による集水等)、水田の放棄、経済林の放置による山林の荒廃、林地の乱開発(例えばリゾート法による大規模開発)などの土地利用形態の変化によって、降雨の河川への到達時間は総じて短縮する傾向にあります。これは洪水のピーク流量を増大させ、破堤の危険性は近年増大していると考えられます。 こうした状況は既に数十年前から顕在化しており、引用文献でも説明されているとおり、『このように見てくると,点防御としての輪中堤,線防御としての各種築堤,立体的な容量確保としての貯水池といった史的変遷がたどられるからそれを外延すれば今後の治水のあり方は必然的に面としての防御,すなわち流域貯留による出水制御を目ざさざるをえない』と考えられます。 二酸化炭素地球温暖化脅威説批判 近 藤 邦 明氏 『環境問題』を考える より |
|
[ホーム][環境問題] [前頁] [次頁] | |
更新履歴 新規作成:Feb.9,2009 最終更新日:Mar.13,2009 |
|