生きている地球
~ 環境問題を見る視点 ~

その2『安定』と『平衡』、『定常』

 あるものの状態が『安定』していると言う場合、もう少し良く観察するとその内容は二つに分類することが出来ます。

その一つは、例えば構造物のように、どこも動かずに(厳密にはそうはいえないかもしれませんが・・・)変化のない安定です。

そしてもう一つは回っている水車のように、動いているけれども、その動きが時間に対して変化せずに継続する安定です。

前者のような状態にある安定のことを『平衡』と呼び、後者のような場合を『定常』と呼びます。

 平衡系は変化のない安定した状態ですから、死の世界です。

これに対して定常系は絶えず変化する系ですから生きた系ということが出来ます。

地球のように、数十億年にわたって生命(=生きた系)を含み、全体として安定した系は定常系と考えることが出来ます(厳密には、天体には寿命があり、また、地球上の生態系と環境は相互に関連しながら絶えず変化している非定常な世界ですが、生物の寿命に対してその変化は小さく、準『定常』と考えて差し支えないでしょう)。

 もう少し定常系について考えてみることにします。定常系ではその中で何らかの活動が継続的に行われていますから、活動を維持するための物質ないしはエネルギーの供給が必要です。

しかしそれだけでは十分ではありません。

系の状態を一定に保つためには活動の結果生じた不要な物質やエネルギーを系外に捨て去る必要があります。

たとえば水車を動かすためには水の流れが必要です。

ところがもし水が水車のすぐ下手で堰き止められて下流に流すことが出来なければ、やがて水車は水没して動かなくなってしまいます。

 ある系の定常性を維持するためには、系の中の物質があるサイクルを経て元の状態に復する事=循環すること(例えば水車が回ること)と、その循環を維持するために系を通過する物質ないしはエネルギーの流れ(例えば水の流れ)がなくてはなりません。

このいずれかの条件が破綻したとき、系の定常性は失われ、何らかの別の安定状態へ向かって遷移することになります。

『閉鎖系』と『開放系』

 閉鎖系とは、着目している系について物の出入りのない系です。

これは孤立系と言いかえることが出来ます。

これに対して開放系とはものの出入りがある系です。

 地球は、物質についてはほとんど閉鎖系といってよいでしょう。

これに対してエネルギーについては、太陽光から安定したエネルギーの供給を受け、同時に地球大気の上層から同じだけのエネルギーを宇宙空間に放出しています。

つまり、地球はエネルギーについては開放系なのです。

 地球が定常的であるのは、まず第一に、エネルギーについて開放系であり、地球を通過する太陽光を起源とするエネルギーの定常的な流れがあることです。

そして第二に、地球上の生命現象を含む諸活動において物質を循環的に利用し、地球環境に汚染を蓄積しないことです。

 地球はエネルギーについて開放系なので、地球上の生命現象を含む活動による廃熱=熱エントロピーは地球から放出されるエネルギーと伴に宇宙空間に捨て去ることが出来ます。

しかし廃物=物エントロピーは宇宙空間に捨て去ることは出来ません。

 閉鎖系が、同時に定常系であることは不可能ですが、それが必ずしも変化のない熱平衡の死の世界であるとは限りません。

系内の資源だけを消費しながら行う変化は存在することが可能です。

 しかし閉鎖系では、有用なエネルギー(資源)を一方的に消費して変化が進行しますから、そのほかの資源をいくら循環的に利用したとしても、有用なエネルギー(資源)が枯渇するか、あるいは活動の結果環境に蓄積された汚染(=エントロピー)によって、やがて変化は終息します。

閉鎖系の変化は系の拡散能力によって決まるエントロピー極大の状態に向かって絶えず変化する非定常系です。

 工業生産システムは、不純物を含む原料資源(高エントロピー)を加工して純度の高い製品(低エントロピー)を作ります。

しかし、あらゆる活動はエントロピーを発生しますから(=エントロピー増大の法則)、工業生産システムから出力される製品と廃物・廃熱のエントロピーの総量は、取り込まれた資源よりも必ず増えます。

エントロピーは物あるいは熱に付随する物理量ですから、原料資源から加工工程によって取り去ったエントロピーに加えて生産過程で新たに生じたエントロピーを、廃物あるいは廃熱としてシステムの外(=地球環境)に廃棄しなければなりません。

廃物・廃熱を地球環境に廃棄することこそが工業生産システムの定常的な操業を保証しているのです。

『廃棄物ゼロの工場』は理論的にあり得ません。

 工業生産に利用する原料資源・エネルギー資源は有限の地下資源です。

工業生産システムからの廃熱は地球の大気水循環で宇宙空間に廃棄できますが、廃物の多くは再利用されることなく地球環境に拡散することになります(リサイクルについては後に触れます)。

更に、工業製品自体がやがては劣化してすべて廃物になります。

工業生産システムとは地下資源を再利用できない廃物に変えて地球環境に拡散するシステムです。

 このように、工業生産システムは地球環境の有用な資源を一方的に消費し、それを廃物・廃熱にして地球環境に捨てる閉鎖型のシステムです。

有用な資源の枯渇か廃物による地球環境の汚染(=物エントロピーの蓄積)によって、やがて工業生産システムは定常的な操業が出来なくなります。

工業生産システムは、生態系の場合のように物エントロピーを熱エントロピーに変換するしくみや、システムからの廃物を再び有用な資源に再生するしくみを持っていないのです。

 このように、工業生産システムは、閉鎖型のシステムなので、地球の歴史、あるいは人間の歴史に比べても極短期間でその定常性は失われ、やがて終息することになるのは当然の結果です。

工業生産に基づく持続可能な人間社会は、幻想です。工業生産システムが持続可能ではないという事実そのものはそれほどたいした問題ではありません。

本当の問題はそのほかにあるのです。

~ 環境問題を見る視点 ~ 近 藤 邦 明氏 『環境問題』を考える より
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更新履歴
新規作成:Mar.19,2008
最終更新日:Mar.13,2009