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第八節 副 業
本村ノ副業ハ、他ニ誇ルベキ程ノモノ無シト雖モ、此レヨリ得ル利益ハ畧々八千円ニ上ルヲ見レバ、軽々ニ看過スベカラズ。特ニ副業ノ必要ニシテ此レガ奨励ヲ要スルハ刻下ノ急務ニシテ、実ニ忽諸ニ附スベカラザル問題ナリトス。故ニ、其ノ事業ノ如何ニ拘ハラズ古来ヨリ行ハレ来リタルモノヲ調査シ此ニ掲出スベシ。
副業ノ方法、古来ヨリ現在ニ至ルマデ本村ニ行ハルハ、即チ家庭副業ニシテ、特別ナル技術員ヲ雇入レ廣大ナル工場ヲ設置シテ共同的ニ行ハレタル事業無キガ如シ。今、順ヲ追ッテ、古来行ハレ来レル副業ノ種類及事実ヲ記述スベシ。
一、製 紙
製紙ハ、古来、滝沢部落ニ於テ行ハル。其ノ創始ハ何時ニシテ如何ナル沿革ヲ有スルヤ調査スルニ故ナシ。元禄八年ノ頃ノ肝入御用留帳ニ、紙漉ヲ許可シタル事実、記載シアルヲ以テ見レバ、余程以前ヨリ行ハレ居タルヲ知ルベシ。
明治二十四年頃迠ハ盛ニ和紙（料紙）・障子紙・カス紙等ヲ製造シ、障子紙等ハ一関地方ヘ供給ハ其ノ大半、本村ノ産出ヲ以テ充タシタルヤノ風アリシナリ。故ニ滝沢紙ノ名近郷ニ聞ヘタリ。製造戸数モ六十戸ヲ超エ、滝沢部落ノミナラズ、牧沢部落・狐禅寺部落ニ於テモ盛ニ製造セラレタリキ。
然ルニ、現今ニ於テハ、其ノ製造戸数減少シテ二十戸内外ニ至レリ。之レ手紙・西洋紙等ノ需要多クナレル結果、自然ノ勢ナリトス。現今ニ於テハ半紙モ製造セラルヽニ至レリ。改良半紙製造ヲ開始セシハ、明治二十九年、菅原丑太郎・菅原甚之助ノ二氏相諮リ土佐ノ人西川亀治氏ヲ招聘シテ、其ノ製造法ヲ習得セシニアリ。西川教師ハ菅原丑太郎方ニ滞在スルコト実ニ三年ニ及ビ、改良半紙製造教授ノタメ自ラ其ノ労ニ服シ、以テ地方ニ之レガ製造ヲ普及セシメタリ。菅原丑太郎、又、熱心ニ之レニ從ヒ、三年間モ教師ヲ自宅ニ宿泊セシメ待遇シ居リシハ、実ニ奇特ト云フベシ。滝沢部落ニ於テハ此クノ如クニシテ半紙製造法ヲ知リタレドモ從来幾百年間伝ヘ来リシ料紙ノ製造ニ馴レタルコトナレバ、容易ニ半紙製造ニ熟達スル能ハズ。且ツハ、研究心ノ乏シキ結果、漸次廢シテ、明治四十年頃ニハ僅カ二十余戸ニ過ギザルニ至レリ。
此ニ於テ、之レガ輓回ヲナシ製紙副業ヲ奨励セントシ、渡辺養三郎、菅原己代治外数氏、村当局ト相諮リ奨励シツヽアリシガ、時恰モ岩手縣ニ於テハ、副業指導ノタメ其ノ道ノ教師ヲ派遣スルノ法設ケラレタルヲ以テ、大正三年二月二十日ヨリ三月一日ニ至ル十日間、渡辺養三郎宅ヲ会場ニ充テ、教師・静岡県人・永松清一郎氏ヲ聘シ、製紙講習ヲナシタリ。講習生ハ男二十九人、女十六人ニシテ、晝夜熱心ニ講習ヲ受ケタリ。当時、永松教師ノ村長ニ対シ報告セル全文、左ノ如シ。
報告書
本講習会ハ、其ノ開催期日ノ好機ヲ失シタルニヨリ、第一日ニ於テ生徒弐拾名ナリシモ漸次入会者増加シ、目下四十名ニ近キ数ニ達シ、頗ル好況ニアリ。講習科ハ当業者ノ希望トシテハ数種ナルモ、由来、製紙ハ一生ヲ習ヒ通ストモ云フ程ニアリ。且ツ、二兎ヲ追ウモノハ一兎ヲ得ザルノ嫌ナシトセズ。依テ器具ノ都合モアリテ、半紙及障子紙ノ抄方、乾燥法、仕上法及ビ配合スベキ楮煮法、白製法、藁煮熟法等ニシテ、日中実地指導ヲナシ、夜間講習ヲナシ、一般知識ノ普及ニ努メツヽアリ。
特ニ講習生ノ熱心ハ、筆紙ニ盡スベキニアラズ。一家二、三人位出席スルアリ。又、講話后、尚、抄方ヲ練習スルアリ。此ノ状態ニ進マバ、必ズヤ成功スルハ明ラカナリ。只惜シムベキハ、其ノ期間ノ短キト器具ノ不足ノ為ニ本用紙ノ製造法ヲ教授スルノ暇ナキヲ遺憾トス。終リニ臨ミテ、貴所ノ親厚ナル御賛助アランコトヲ切ニ希望ス。
右報告候也
大正二年二月二十四日 右
教師 永松清一郎
眞瀧村長 熱海 懿 殿
此クシテ、現在、戸数ハ漸ク二十戸ヲ超エ、其ノ生産高ハ大正四年ニ於テ壱千余貫、此ノ売上金壱千五百余円ニ達スルニ至レリ。原料ハ村内ヨリ産スルモノヽミニテハ到底間ニ合ハザルヲ以テ、其ノ大半ハ他ヨリ購入スルモノトス。購入先ハ楮ハ宮城縣登米郡佐沼町附近三椏ハ宮城県遠田郡小牛田町付近ヨリトス。
【参考】楮ノ価格ハ五把ニテ金壱円（壱把ハ壱貫匁ナリ）、三椏ハ其ノ二割下ゲ位トス。
竹 菷
竹菷ノ産地ハ、滝沢部落中、下滝沢トス。之レガ製造ノ沿革ヲ掲グレバ、千葉由治郎ナルモノ（人物伝参照）明治□□年頃ヨリ之レヲ製造販売シ、尚附近ノ貧困者ニ之レガ製造法ヲ伝授シタルニ始マル。從来、此ノ地方ニ用フル竹菷ハ、小竹（篠竹）ヲ集メテ結ヘタルモノナルニ、由治郎製造スルモノハ、から竹ノ枝ヲ揃ヘ太キ手頃ノ柄ノ先ニ結ビ付ケタルモノニテ、長期ノ使用ニ耐ヘ、実用的ニシテ且ツ体裁ノ宜シキ、前者ノ比ニアラザルヲ以テ、盛ニ歓迎セラルルニ至レリ。
明治三十五年頃ヨリハ其ノ供給先一関町ニ留ラズ盛岡附近ニ移出ヲ見ルニ至リ、同三十八・九年ノ頃ヨリハ、秋田、山形ノ諸縣ニ迄移出スルニ至レリ。カヽル次第ナルヲ以テ、現在ニ於テハ原料ノ不足ヲ告ゲ、之レガタメ到底需要ニ應ズル丈ケヲ産出シ能ハザルヲ遺憾トス。其ノ産出額、大正四年ノ調ニヨレバ、壱万五千本。此ノ売上金参百円ニ及ベリ。
炭 俵（炭すご）
之レガ製造ハ、真柴地方ニ盛ナリトス。明治三十二、三年頃ヨリ萱ニテ編メル炭俵ヲ用ヒラルヽニ至リ、其ノ原料ノ萱ノ産出アルヲ以テ、細民ハ之レヲ編ミ販売セシガ、明治三十五年・同三十八年ノ凶作ノ際ハ、殊ニ盛ニ製造シタルヲ以テ、其ノ後常ニ注文ヲ受クルニ至リ、一ノ副業トシテ冬期間女子ノ之レヲ製造スルモノ多キニ至レリ。其ノ産額ハ約七万枚八百余円ナリトス。
縄・草鞋・草履
縄、草鞋等ハ、一般細民ノ製造販売スルモノニテ、其ノ移出先ハ一関町ヲ出デズ。草履ハ即チ竹ノ皮ニテ作ルモノニテ、從前ハ真柴千刈田ニ於テ盛ニ営マレタルモノナリ。即チ千刈田ハ士族屋敷ナルヲ以テ、此等士族等ハ三人扶持ニテハ到底一家ヲ支フル能ハザルヲ以テ、草履作リヲ副業トシタルモノナリ。
然ルニ、現今ニ於テハ、大イニ廢レテ製造スル者皆無ナリ。村内ニハ間々製造販売スル者アリ。此等三種ノ産額ハ約壱千円也トス。
農 具
此ニ本村ヨリ産スル農具ト言フハ、藁細工品大部ヲ占ム。即チ、畚、薦、俵類等ナリ。之レ等ハ概ネ細民ノ営ム所ニシテ、其ノ産額ハ五百円内外ナリ。
竹細工
本村ヨリ産スル竹細工ハ、□□類ヲ普通トス。外ニ行李等ノ製作モ行ハル。原料・小竹ハ豊富ナルヲ以テ、之レヲ保護シ奨励シタルニハ有望ノ副業ナルベシ。然レドモ、現今ハ小竹ノ儘移出販売ノ需要盛ナルヲ以テ、小竹年々濫伐セラルヽハ遺憾ナリトス。竹細工ノ産額ハ、昔時ニ比シ大ニ減少シ、実ニ弐百円ニモ達セザルベシ。
産 馬
産馬ハ畜産ノ項ニ記述シタレドモ、又本村ノ産馬ナルモノハ副業トシテ行ハルヽモノナルヲ以テ此ニ掲出セリ。大正四年ノ産出ハ十八頭ニシテ、其ノ価格七百弐拾円ナリ。当年（大正五年）ハ本村産馬一頭（百二十円）陸軍省御買上ノ栄ヲ得タルヲ以テ見レバ、産馬地トシテ適セザルニアラズ。村民ノ行ハザルニ在リト云フベシ。
果樹栽培
本村ヨリ一関地方ニ販売セラル果樹ノ種類ハ、柿、桃ヲ最トシ、其ノ他数種アリ。柿ハ狐禅寺ヨリ重ニ産ス。栽培実ニ幼稚ニシテ少シモ手入ヲナサズ。品種改良モ行ハレズ、在来種ヲ其植エタル儘放任シ置クモノトス。土地モ空地痩地ニ植エ、施肥等ヲナスヲ知ラズ。カヽル次第ナレドモ、其ノ産額ハ三千五百円ニ上ルヲ見レバ、其ノ品種ヲ選択シ栽培法ニ意ヲ用フルトキハ、実ニ有望ナリト云フベシ。
養 蚕
養蚕ノ項ヲ見ラレヨ。
漁 獲
本村ノ漁獲ハ北上川ニ於テ行ハルヽモノナリトス。水産物ハ重ニ鱒、鮭等ニシテ、其ノ漁獲高、前者ハ約壱百貫八拾円、後者約七拾貫六拾円位トシ、外ニ約八拾円代位漁獲アリ。
養 鶏
養鶏ハ、古来、各戸三、四羽位ツヽ行ハレ居リタリ。然レドモ、種類ノ何タルカヲ問ハズ、特ニ雑鳥多ク、飼育ハ自然ニ放任シ置クヲ以テ、利益最モ少シ。其ノ得ル所ハ五百円内外ニ過ギズ。
麻布織
從前ハ、麻ヲ栽培シ之レヲ剥ギテ苧トナシ、女子ノ副業トシテ夜間又ハ冬季、農閑ノ季ニ於テ之レヲウミ紡ギテ（手紡）糸トシ（之レヲおがせト云フ）、更ニ之レヲ自ラ織出シ、自家用農服ヲ作ル外、市中ニ売出シタルモノニテ、毎年秋季ノ候ヨリ翌年二三月頃ニ至ルマデ、夜間ニ於テ麻ウミノ共同作業マデ行ハレタリシガ、今ハ木綿ヲ用フル者多ク、麻布ヲ用ヒザルニ至リシカバ、之ノ業全ク廢レタリ。
紅花栽培
安永風土記ノ載スル所ニヨレバ、本村内各地至ル所ニ於テ、紅花ヲ栽培セル事実アリ。現今、古老ノ言ニ依ルモ、盛ニ栽培セラレタルモノナリト云フ。「之レ紅花ヨリ紅色染料ヲ採取スルタメ、藩ニ於テ奨励栽培セシタルモノナリシガ、維新後、各種染料殊ニ化学染ノ盛ナルニ連レ、全ク廢レ、之レヲ見ル能ハズ。
漆ノ木栽培
藩制中ニ於テハ、之レガ栽培ヲ奨励シ、特ニ命ジテ漆御林ヲ造ラシメ、種子・苗木等ヲ交付シテ裁植セシメタル事実アリ。現ニ、屋敷ノ周囲等古キ漆木アルヲ見ルハ、此ノ遺物ナリトス。然ルニ維新後ニ至リ、之レ全ク廢ス。
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底本：「復刻 眞瀧村誌」
2003（平成15）年6月10日発行
発行者 眞瀧村誌復刻刊行委員会
代表 蜂谷艸平
2004年3月10日作成