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  第十二章 風俗・習慣

 第一節 総説

 一、往古ノ風ハ詳ナラズ。明治以前ハ苗字帯刀・絹服ヲ纏フコト許サレズ。名ハ例ヘバ「柳沢屋ノ長十郎」トイヒタルガ如シ。苗字ハ明治三年ヨリ許サレタルモ、一般ニソノ布令行届カズ、更ニ明治八年太政官布告ヲ以テ、ソノ一般ニ使用スベキヲ公ニセラレタリ。
 一、髪ハ男女共結ビ、男ハ前額ヲ削リ「ちょんまげ」トシタリ。女子ハ歯ヲ染メ(嫁スル頃)眉ヲ剃ル。
 一、文書及証書類ハ、従前、年号ヲ記載セズ、「壬申二月」「己巳十二月」ノ如ク書スル者多ク、カクテ別ニ公文書・私文書トシテ差支ナカリシナリ。之レヲ廃セラレタルハ明治六年ナリトス。
 一、偶像、禽獣ヲ祭ル風アリテ、神ヲ拝スルニハ拍手シ、佛ヲ拝スルニハ合掌ス。
 一、謡祠ヲ信ジ占易ヲ信ズル風多シ。又、従テ家相・地相、則チ方位ヲ撰ム風ナリ。
 一、従前ハ濁酒ヲ醸シ、常ニ之ヲ飲ミタリ。故ニ、今尚、不規律ニシカモ多量ニ飲酒ノ風脱セズ(酒造税法違反ノ条参照)
 一、裸体蓬髪ヲ気ニ止メズ飲酒ノ風強ク不規則トナル幣アリ。
 一、双子アル者ニハ、藩制中ニハ、其ノ養育ノ一部、或ハ一時若干、金穀ヲ補助下附セラレタリ。
 一、従来、子多キ者ハ、堕胎嬰児故殺ヲ行フコト普通ノ如ク思ヒ、他人又、敢テ怪マザリキ。此ノ風、明治二至ルモ尚止マズ。サレバ田村崇顕公ハ左ノ布告ヲ発セラレ、同時ニ育子法規則ナルモノヲ設ケ、以テ堕胎捨子之悪弊除去ニ努メラレタリ。

 育児法布告
 夫れ人たるものは、仁義五常を知り上を尊み下を慈しみ、父母に考を盡し父母は其の子を愛すを以て萬物の霊として尊とし、禽獣は、其の道を知らざるを以て賤とす。人に使役せらるる禽獣すら子を慈しまざるはなし。然るに三陸地方の民、古へより子を殺し、あるいは堕胎せしむるものありて、今尚、其風俗残り、怪敷事共おもはず、自然、ならはしの様に相成居候聞ひも有之、人情におきて我子より愛すべきものなし。
 たとへ貧苦にせまるといへども、現在親として我子を殺すはあるまじき事ならずや。人倫の大道を失ひては禽獣にもおとれり。兼て厚き御世話も被爲在候。
 朝廷至仁の御趣意に悖り、決して相すまぬことに候。しかしながら、全く極貧にして其養育の費に差迫り止を得ぬ處より右躰の所業に至るもの亦不少哉にて不便の事より必意艱難辛苦互に相救ふは人の人たる道なれば、今般別紙之通り育子法を設け、官員よりも育子金相助けられ候間、御趣意の程厚く相心得、規則之通り銘々出銭いたすべく候。その上にも堕胎捨子等之悪事いたし候者は、人を殺すと同罪に付、屹度厳料に處せらるべく候条、規則を尊奉し、心得違無之様、かたく可相守もの也。

 一、産児は男子を以て名誉トシタリ。小児ノ後頭部ニハ「びんこ」ヲ残ス風アリ。
 一、神官、僧侶、師匠、ヲ貴ビ、貧者、困者ヲ憐ム風強シ。
 一、男子ハ多少読ミ書キノ学問ヲナスヲ例トシタレ共、女子ハ一般ニ行ハザル風アリ。
 一、家々ニハ必ズ風呂桶アリテ入浴シ、一日ノ労ヲナグサム。又、夏期土用ニ虫干ヲナス風行ハル。
 一、寝室ハ、従前ヨリ余リ注意セラレズ。通風採光共ニ悪シク夜具等モ日光ニ曝ス等ノコト少シ。床ハ即チ萬年床ニテ、一年ニ四・五回掃除スルモノ多カリキ。今ハ然ザランガ、事実ハ萬年床ナリ。之レ農民ハ星ヲ戴イテ出テ月ヲ踏ンデ帰ルニ依ル。
 一、古来、百姓ハ稼ギサエスレバ飯ガ食ヘルトテ、経済ヲ用ヒズ。従テ収支計算ヲ明カニスル農民実ニ少シ。
 一、負債ノタメニ家財及不動産ニ影響ヲ及ボスコトアルモ、現今ノ如ク之レヲ挙ゲテ全部取収スルヲ禁ゼラレタリ。サレバ、現今ノ如ク家財ヲ隠匿スル風モ無シ。挙ゲテ憐ミヲ乞ヒ、債主又、後ノ仕法ヲ立ヲ興フルコトニ努メ、双方ノ意志至テ円満ナリシ如シ。

〈附〉村民性ノ長所・短所

一、村民性ノ長所ト認ムル点
1、単純性 ― 自然ヲ愛スル性、何事モ簡単ニヤッテ退ケヤウトスル性
2、淡泊性 ― 意地悪クナイ性、万事淡泊ナモノヲ喜ブ性
3、潔白性 ― 精神上ノ潔白、物質上ノ潔白
4、応化性 ― 周囲ノ環境ノ変化ニヨリ順応シテ行フ性
5、統一性 ― 一ニ同化性トモ云ヘテ、スベテ外来ノ思想・風俗・事業等ヲ同化シテ吾ガモノトスル能ナク、故ニ感激性ト相挨ツモノナリ。
6、鋭敏性 ― 中々早解リノスル性

二、村民性ノ短所ト認ムル点
1、短気性 ― 物事ニ厭キ易イ性、遠大ノ志ヲ成シ遂グルニ適セズ。小成ニ安ンジ直チニ他ノコトニ移ル性ナリ。故二雄大ナル思想ノ養成ニ努ムベシ。
2、依頼性 ― 此ノ性ハ重ニ家族制度ヨリ来タル必然ノ結果ニアラザルカ。
3、浅薄性 ― 是ハ短気性ヨリ来タレル性格ナルベシ。物事ヲ深刻ニ考究スル忍耐力ニ乏シ。一時ヲ糊塗スル風習、大イニ矯正ヲ要ス。
4、狭小性 ― 何事ヲナスニモ規模狭小ナリ。即チ島国根性。
5、虚栄性 ― 虚名ヲアサリ、実質ノ充実ニ努メズ。


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底本:「復刻 眞瀧村誌」
 2003(平成15)年6月10日発行
発行者 眞瀧村誌復刻刊行委員会
代表 蜂谷艸平
 2004年3月10日作成