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七、農業法概要ト稲ノ栽培
本県ノ民族ハ、太古ヨリ農耕ノ術ヲ知リ、之ヲ生業トシタルコト明カナリ。從ッテ田ニハ稲ヲ植ヘ畑ニハ大小麦・大小豆・粟・稗及蔬菜類ヲ栽培シ、又、楮・麻・其他特用作物ヲ植エテ衣食ノ料トセリ。但シ、肉ヲ食シ乳ヲ飲ム等ノ風ハナカリキ。現在ニ於テモ肉食セザル風ノ有スルハ、久シキ旧慣ノ然ラシムル所カ。
然ルニ米ハ上下一般ノ常食ナカリシバ、栽培ニハ最モ力ヲ盡シ、諸所ニ稲田灌漑ノ為多クノ池溝ヲ開セラレタルハ、其ノ事実明カナリ。
麦菽其他作物ニアリテハ、人口戸数ノ増加ニ伴ヒ、山林原野ヲ開拓シテ栽培区域ヲ擴張セルモノナリ。
サレバ、稲ノ栽培大要次ノ如シ。
一、撰 種
撰種ハ、古来、唐箕撰ノミナリシガ、明治参拾年頃ヨリ塩水撰法ヲ行フニ至ル。其ノ比重左ノ如シ。
有芒種ハ水一斗ニ付キ食塩九百五拾匁[註1]位
無芒種ハ水一斗ニ付キ食塩一メ二百匁位
二、浸種及播種期
浸種ハ、古来、長期間浸種シタルモ、現時ハ七日及至十日間ヲ適當トシ、尚浸種シタル種子ハ、微温湯ニ入レ、發芽ヲ促シ、芽ノ一分内外ニ伸長シタルヲ播下スヲ通例トス。之ヲ芽出播ト云フ。四月二十日頃一坪五六合ヲ播下ス。
三、苗代ノ整理
苗代ハ、温暖ニシテ肥沃ニ、且ツ汚水ノ侵入セザル場所ヲ選定シ、秋期耕鋤シ、翌春播種期ニ近ツキ、細耙シテ肥料ヲ施シ、播種ノ準備ヲナス。播種ハ、当局ハ短冊苗代ヲ奨励スレドモ、概ネ行ハレザルモノ多シ。
四、苗代ノ灌漑及苗代ノ害虫
播種ノ翌日ヨリ降雨等ノアラザル限リ、毎朝、苗代ノ水ヲ排除シ夕刻ニ至リ灌漑スルコト約三四週之ヲ行フ。以后ハ、常ニ浅ク灌水シ置クヲ通例トス。俗ニ之ヲ實干シト云フ。
苗代ニハ、往々、稲蚯蚓及泥負虫ノ發生ヲ見ルコトアリ。稲蚯蚓ハ輓近石灰窒素ヲ使用シテ駆除スルモノアリ。其ノ効ヲ奏スルコト著シ。泥負虫ハ毎朝掃去スルヲ通例トス。「ユリミミズ」ハ近年其ノ發生著シク、農民、駆除ニ腐心シツツアリ。前記石灰窒素ハ、効アリト雖モ、比較的高價ニシテ、且又施用法ヲ誤ルノ憂アリテ、一般ニハ行ハレズ。其ノミミズノ被害少ナカラズ。
五、本田ノ整地
本田ハ、春期即チ四月下旬及至五月上旬ニ行フ。其ノ方法ハ人力ニ依リ、三鍬ヲ以テ一人一日五畝歩位ヲ耕鋤スルヲ通例トスレ共、明治二十年頃ヨリ、和製担持立犂ヲ使用シ、馬耕ヲ以テ一人一馬ニテ二反歩余ヲ耕耘スルコト、難カラズ。故ニ労力ヲ節減スル其大ナリトス。而シテ、耕起シタル田ハ、五月中旬及至下旬ニ至リ、更ニ細耕シテ肥料ヲ施シ、二回以上、馬耙ニテ代掻ヲ行ヒ、挿秧ノ準備ヲナスヲ通例トス。
六、肥 料
明治初年迄ハ、金肥ヲ用フル者ナク、厩肥及自家ノ糞尿並ニ藁稈糅糠位ニテ作付シ来タリシガ、近年、大豆粕・魚粕・過燐酸石灰等ノ金肥ヲ用フルニ至ル。其ノ施肥標準、左ノ如シ。
厩 肥 三百〆
人 糞 尿 六千〆
大 豆 粕 十〆(又ハ魚粕十〆)
過燐酸石灰 五〆
七、挿 秧
挿秧ハ、六月十日前后ヲ最好期トス。一坪五十六株及至七十二株ヲ植ヘ、一株ノ数ヲ四・五本位トス。概シテ廻リ植ヲ通例トスレ共、定木植及密植法等ヲナスモノ、年々増加スル傾向アリ。
八、本田潅漑除草
移植期ヨリ出穂期マデ、一寸内外ノ深サトシ、出穂期ヨリ穂揃期マデ二寸内外ノ深サトシ、穂揃后(秋彼岸前)落水ス。
除草ハ、三回ヲ標準トシ、夏土用中ニ結丁スルヲ通例トス。明治三十五、六年頃ヨリ、一番除草ニ雁爪ヲ用フル者アリ。
九、本田ノ病虫害
病害ニハ稲熱病多ク、害虫ニハ螟虫多シ。稲熱病ノ予防ハ、肥料ノ配合ニ注意シ、窒素ノ偏頗ヲ避ケ、水ノ潅排ニ注意シ、病熱盛ナル時、全ク排水シテ田土ノ乾燥ヲナス。螟虫ノ駆除法ハ、苗代並本田ノ於テ、誘蛾灯ニテ母蛾ヲ誘殺シ、被害茎ヲ除去スルニアリ。
十、収穫、乾燥、調製
本県ハ總ジテ収穫期ヲ失スル幣アリ。黄熟期ニ達シ、約二三週間ヲ過ギ刈取ルヲ通例トス。刈取リタル稲ハ、直ニ畦畔ニ逆立シ、藁桿ノ乾燥ヲ待ッテ本鳰トナシ、穂先乾燥セバ、直ニ脱穀シ、然ル后調製スルヲ通例トス。
十一、本村内ニ裁植セラルル稲ノ品種
粳種
大丈白稲 小丈白稲 阿部稲 亀ノ尾 関山 赤子
元禄 浚豊後 水山元禄 青桿元禄 中村黒子 南部赤子
餓死不知 倉塞 金華山 大崎 二合半 紫
若松 会津豊後 秋田豊後 弘前豊後 最上豊後 牛豊後
二十日早生 刈生号 朝照 国照 富國 鶴亀
短穂 福嶋 稲妻豊後 五百成 赤谷風 黒谷風
婦夫 三百成 金将若松 世直シ 近江豊後 豊國
仙台坊子 千葉錦 細坊子 赤豊後 八重成 大村
七村 鳥海山 伊十郎 廉角早生 早生愛国 五郎兵衛
長者豊後 雀豊後
糯種
大黒糯 小弁慶糯 秋田糯 清水不知糯 黄金糯 鈴木糯
シナミ糯 姫鶴糯 天畏糯 白稲糯 赤糯 鉈載糯
句糯 萬作糯 倉寒糯 目ノ下糯
十二、標準種
大正三年、岩手縣農事試験場ニ於テハ、多年研究ノ結果、西磐井郡ニ栽培スベキ稲ノ品種虫最モ適當ナルモノヲ撰ビ、其ノ標準種ヲ示サレタリ。
稲(粳)
関山 餓死不知 二十日早生 紫 女夫 金華山
元禄 浚豊後 短穂
大小麦ノ栽培概要、左ノ如シ。
一、採種及撰種
種子ハ完熟ノ時刈リ取リ、脱粒調製シ、能ク乾燥シテ貯蔵ス。撰種ハ、古来、唐簸撰ノミナリシガ、明治□□年頃ヨリ塩水撰行フ。其ノ方法、稲種子塩水撰ト畧々同様ナリ。
二、整 地
前作物収穫后、直ニ深耕シテ土塊ヲ精砕、一尺八寸及至二尺ノ畔ヲ作リ、之ニ肥料ヲ施シ、播種ノ準備ヲナス。
三、播種及種量
播種ハ、大概、十月中旬ニ於テナスヲ好期トシ、一反歩当、大麦ハ五升及至八升、小麦ハ四升及至五升ヲ播下ス。其ノ方法ハ一般ニ二條播ニ據ル。大字三関・狐禅寺ノ一部(沖積土)ヲ除クノ外、人糞尿・木灰等ニ種子ヲ混シ、即チ肥衣ヲ覆ヒテ播下ス。俗ニ之ヲ「ボタフリ」ト云フ。
四、肥 料
大小麦共、基肥トシテハ厩肥三百貫、人糞尿四五十〆、過燐酸石灰五六貫ヲ施シ、追肥トシテハ、稀薄ナル尿ヲ反当百五十〆位ヲ二回又ハ三回ニ分施スルコトヲ通例トシ、但シ春彼岸後ハ施肥ヲナサズ。
五、中 耕
中耕ハ三回位ナルモ、年内三回行フモノ稀ナリ。多クハ翌春ニ於テ之ヲ行フヲ通例トス。
六、鎮 圧
鎮圧ハ、重粘土及多湿ノ地ヲ除ク外、圃場ノ乾燥シタルトキ二回之ヲ行フ。其ノ時期、左ノ如シ。
第一回ー年内發生后三週后。(麦芽ノ二三寸位ニ成長シタルトキ)
第二回ー翌春融雪后四月上旬頃。
七、収穫及調製
本村ハ、總ジテ収穫期ヲ失スルノ幣、稲ト同シ。故ニ黄熟期ニ至ラバ直ニ刈取リ、之ヲ連架法又ハ本鳰法ニ依リ乾燥シ、晴天ノ日ヲ見計ヒ、連架ニテ脱粒調製スルヲ通例トス。
八、病虫害ノ防除
麦ノ病害ハ主ニ麦奴ナリトス。從来ハ、該病害ヲ顧ルモノナカリシガ、農家各自ガ其ノ被害ノ多大ナルヲ認メ、近時、之ガ予防法トシテハ、温湯浸法・硫酸銅浸法ヲ行フニ至ル。其ノ結果、被害少ク大ニ其ノ効ヲ奏ス。
害虫ノ主ナルモノハ、アブラムシ・針金虫・麦蛾等ナルモ、就中麦蛾ノ被害大ナリ。之ガ予防トシテハ、麦粒ヲ四五日間日光ニ乾燥シ、俵装ヲ堅ク緊縛スルトキハ、其ノ被害少キヲ以テ此ノ方法ヲ行フヲ通例トス。
九、本村内ニ栽培セラルル麦ノ品種
大麦
穂揃 五畝四石 細麦 白麦 三月麦 穂長 関東六角
小麦
フルツ カリフォルニヤ マーチアンバ 金テコ 白皮 紫 相州
十、標準種
稲同様、岩手縣農事試験場ニ於テハ、本郡ニ適スル麦ノ標準種ヲ示シ、即チ左ノ如シ。
大麦
穂揃 細麦 マンスフィルド 三月
小麦
相州 フルツ ドオースタラリー カリフォルリニヤ 紫
大小豆作ノ大要
一、採種及撰種
種子ハ、其ノ品種固有ノ収況ヲ具備スルモノヲ撰ビ、完熟スルヲ待つチテ抜キトリ、善ク乾燥シ、脱粒后ハ更ニ粒撰スルヲ通例トス。
二、播 種
大小豆ハ、多ク麦ノ間作トナスモノナレバ、畔間ノ土ヲ極メテ浅ク耕鋤シ、土塊ヲ粉砕シテ土ヲ一方ニ寄セ、播種覆土ス。而シテ、播種期ハ五月中旬及至下旬ニシテ、一反歩当升及至三升トス。播種法ハ五寸及至八寸ノ距離ニ二、三粒ヅツ點播ヲナスヲ通例トス。
三、肥 料
大小豆作ニハ肥料ヲ施スコト至ッテ少シ。只、播種ノ際、木灰反当十五六〆位散布スルニ止ム。
四、手 入
豆作手入ノ主ナルハ、除草・中耕及作分等ニシテ、其ノ回数・時期左ノ如シ。
除草中耕 二回(七月上旬 八月上旬)
作分 二回(八月上旬 八月下旬)
以上ノ外、發育旺盛ナルモノハ摘心法ヲ行フコトアリ。
五、収穫調製
完熟シタルトキハ、直ニ抜取リ、乾燥シタル后、脱粒調製シ、充分陽乾シテ貯蔵ス。
六、害虫ノ防除
豆ノ害虫ノ主ナルモノハ、豆蛔及豆ノ金亀子等ナルモ、著シキ被害ヲ認メズ。
七、本村内ニ栽培セラレ居ル豆ノ品種左ノ如シ
大豆ー川流、黄金、白玉、秋田成子、白莢、赤莢、八月成子
八、標準種
稲同様、岩手縣農事試験場ニ於テハ、本郡ニ適スル豆ノ標準種ヲ示サル。
大豆ー刈羽瀧谷、川流、ヤギ、白玉
小豆ー早生赤豆、五味ノ上、大納言
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註1:「匁」 目 〆
唐代の通貨「開元通宝」は宋代に受け継がれ貨幣「銭」を生み、これが日本でも流通する。重さの正確で庶民にまで普及していた通貨「銭」の1枚の重さが目方の単位として、秤に刻まれ使用された。
「匁」は諸説有るが、「銭」の旁から変化した文字であるとされる。
毛 = 貫の100万分の1 = 0.000001貫 = 0.001匁
厘 = 貫の 10万分の1 = 0.00001 貫 = 0.01 匁
分 = 貫の 1万分の1 = 0.0001 貫 = 0.1 匁
匁 = 貫の1000分の1 = 0.001 貫 = 3.75 「グラム」
貫 = 15/4「キログラム」 = 3.75「キログラム」 = 1000 匁
此の外,160匁(600グラム)を斤と言う。
貫の代わりに貫目又、〆と表記することがあり、匁の代わりに目ということもある。1の位が0の時は通例目という。例えば,20目、100目等。1の位に有効数字がある場合には,必ず匁という。例えば,1匁、12匁等。
底本:「復刻 眞瀧村誌」
2003(平成15)年6月10日発行
発行者 眞瀧村誌復刻刊行委員会
代表 蜂谷艸平
2004年3月10日作成