明治三十五年ノ凶作
　本年ハ、気候順ヲ失シ、田植時ヨリ寒冷降雨ノミ多ク、七八月ニ至リテモ夏猶袷羽織ヲ用イタルコトサヘアリ。サレバ、禾穀穣ラズ、漸ク村内ヲ通ジテ平年作ノ三分作ヲ見ルニ至レリ。
　其ノ収穫皆無反別ハ、田四十二町参畝参歩ニシテ、此ノ地租金参百弐拾七円七拾壱銭弐厘ハ免除セラレタリ。カヽル有様ナルヲ以テ、平素貯金無キ者又ハ日手間取リ等ニ其ノ日其ノ日ノ暮シヲ立テ居ル者ハ、働カントシテ仕事ナク、實ニ生計困難ヲ極メ、他ノ救済同情ニ依ラザレバ、到底生活シ能ハザルモノ六十六人ノ多キニ達シ、内十三人ハ尤モ困難ナル状態ニアリタリ。
　裏ニ日本赤十字社ハ、東北地方凶作ニテ禾穀穣ラズ人民困難ノ状ヲ見ルカ、廣ク義捐金ヲ募リ、以テ窮民ヲ救助スベク、力ヲ盡サレタリ。其本村ニ配付セラレタル義捐金ハ金八拾七円九拾八銭ニシテ、本村ハ更ニ又村内有志者ノ義捐金四拾四円参拾銭ヲ得、合計壱百参拾弐円弐拾八銭ヲ以テ、辛フジテ六十余人ノ窮民ヲ救済シ、以テ翌春ニ至ルヲ得タリ。
　（編者曰ク　三十五年凶作関係書類ハ、本村備附ノモノ一モ見当ラズ。故ニ西磐井郡役所ニ報告セルモノ及同郡役所備附ノ帳簿ニヨリ本村ニ関セルモノヲ抜記シテ此ニ掲グルコトトセリ。サレバ、當時ノ詳細ヲ掲グル能ハザルハ遺憾トスル所ナリ）
　
　
　明治三十六年麦作赤渋病被害
　當年春以来、雨湿多ク、麦発育不良、遂ニ赤渋病ニ罹リ、農民ノ憂慮、一方ナラズ。縣郡ニ於テハ、其レゾレ技師技手ヲ派遣シ実地研究ヲナサシメ、一方、農会ヲ督励シテ駆除予防ニ努メシカドモ、其ノ効無ク、遂ニ麦作ノ不作ヲ見ルニ至レリ。
　當時、知事ハ告諭ヲ發シテ駆除予防ニ努メタリ。其ノ告諭、左ノ如シ。

　告諭第三号
　近来、麦作ニ赤渋病発生シ、漸次蔓延セントスルノ徴アリ。之レ「プラシニア・グルマールム」ナル微菌ノ寄生ニ依リテ生ズル病害ニシテ、本年ノ気候雨湿多キノ致シ所ナラバ、当業者宜シク左ニ示ス病原菌発育ノ頃、順序ヲ参照シ之レカ駆除予防ニ努ムベシ。
　　明治三十六年五月二十九日
　　　　　　　　　　　　　　　　　岩手県知事　　北條　元利
　一、病原菌発育ノ順序
　　　病原菌ハ、四、五月ノ交、麦葉ニ発芽シテ黄粉（蕃殖胞子）ヲ形成シ、此ノ黄紛ハ風ノタメニ飛散シ易ク、又雨湿多キ時或ハ茎葉軟弱ニ発育セシムルニ至ル。既ニ黄紛ノ蕃殖止メバ、作物ノ茎及葉鞘ニ胡麻粒大ノ小黒点（終局胞子）ヲ見ルベシ。此モノ越冬シテ翌春ニ至リ発芽ス。又、秋末ニ生シタル黄紛ハ、冬期間生存シ、翌春ニ至リ発芽蕃殖スルコトアリ。是レ病原菌発育順序ノ梗概ナリ。
　一、駆除予防法
　　イ、現時被害甚シク収穫ノ望ナキモノハ、速ニ苅取リ、黄紛ヲ飛散セシメザル様処置スルコト。
　　ロ、種子ハ鹽水撰ヲ行ヒ、且ツ播種ハ晩キニ失セサルコト。
　　ハ、肥料ハ燐肥及草木灰ヲ適宜ニ配合シ、窒素質肥料ヲ過多ニ施サザルコト。
　　ニ、稿桿ノ剛質ナル種類ヲ栽培スルコト。
　　ホ、圓地ハ排水光線ノ透射及日通ヲ図ルコト。


　明治三十六年ノ水害
　本村ニ於テモ水害アリ、麦作ハ赤渋病ノタメ前節ニ掲グル如キ不作ヲ見、稲作・豆作又水害ノタメニ収穫大イニ減少シ、農民ノ困弊実ニ大ナルモノアリ。（水害被害ノ少ナカラザリシハ当年九月北條知事ノ告諭ニ依リ明カナリ。）
　　（本年ノ水害ニツキテハ、記録見当ラズ、編者ノ記憶又ハ憶測ヲ避ケ、詳細ハ掲載セズ、ソレ之レヲ諒セヨ）


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底本：「復刻　眞瀧村誌」
　２００３（平成１５）年６月１０日発行
発行者　眞瀧村誌復刻刊行委員会
代表　蜂谷艸平
　２００４年３月１０日作成