環境問題と公共事業
1. 工業化社会における公共事業

 環境問題において、生態系の物質循環あるいは人間社会の生産活動が営まれている「器」としての地球表面の物理的な変化も大きな要素の一つだと考えられます。勿論、自然現象による変化もありますが、土木技術が大きな力を持つ現在では、むしろ人為的な地球表面の改変が大きな問題になっています。日本において主にこれを担っているのが公共事業による土木構造物の建設です。
 土木構造物を作る目的は、そこで営まれる人間社会の生産活動が円滑に行われるための「人為的な」環境を整備することです。そこで営まれる人間の社会システム(上部構造)に対して、その基盤となる構造物という意味でインフラストラクチャー(infrastructure = 下部構造)、あるいは単にインフラ、または社会資本と呼ばれています。
 人以外の生態系、あるいはそれほど土木技術が大きな力を持っていなかった頃には人間も含めて、自然環境という器にあった営みを続けていたと考えられます。組織的に自然環境に働きかけて人間社会の生産活動を円滑にし、住環境を整備し始めることによって文明が築かれたのかもしれません。
 産業革命以後、特に石油文明が成立して以降、人間は巨大な構造物を作る技術を獲得するのにしたがって、急激に自然環境を改変し始めました。同時に、あまりにも大きな力を得たために、自然環境を人間が働きかけるべき対象物として捉え、人間社会の(刹那的な)都合によって簡単に改変するようになってしまいました。その結果として、自然環境の地域性・特性や本来そこで営まれていた生態系の営みに対する配慮が希薄になってしまったようです。
 現在の工業生産を生産活動の中心に置く社会では、工業生産を能率的に行い、原料資源や製品を迅速に運搬することが必要です。工業生産やその消費を能率的に行うために、生産設備・人・物資が空間的に集積されます。具体的には沖積平野、特に日本のように工業生産に必要な物資を海外に依存している国では臨海部の沖積平野に巨大都市が形成されることになります。
 こうして形成された都市を維持するためには、必要なものを外部から供給することが必要です。その中でも最も重要なものの一つが水です。人の生活を支える上水道用の飲料水、工業生産のために必要な工業用水を供給するために、山間地に巨大なダムを建設し、水を収奪的に都市に供給することになります。また、エネルギーを供給する送電線網やガス管網等が必要になります。「情報化」が進む現在では、例えば光ファイバー網などの情報通信網も必要になります。更に、原料資源や工業製品の輸送のために都市間を結ぶ道路網、鉄道網、港湾・空港が整備されます。
 都市に集積された大量の物資は、加工された後、製品と同時に大量の廃物を生み出します。また、都市生活者の生活からも大量の廃物が生み出されます。これを処理するために下水道網、汚水処理施設やごみ処分場も必要になります。
 これらの社会システムを自然災害から守るために、防災設備の建設や災害復旧工事が行われます。

 このように、工業化社会における公共事業は、工業を生産活動の中心に置く社会システムの要請によってその大枠が規定されています。個別の公共事業において自然環境に配慮した「よりましな工法」を選択する余地はありますが、そこにはおのずから限界があります。
 工業化社会における公共事業にはもう一つの大きな目的があります。経済政策として、土木建設業界に対して事業を発注することによって、土木建設業界および関連企業に税金を投入し、経済活動を「活性化」することです。最近、長期間放置されている大規模公共工事が見直されている一方で、停滞気味の経済活動を回復させるために、短期的で即効性のある公共事業を前倒しで発注したり、新規事業を新たに行うのはそのためだと考えられます。
 公共事業による土木工事は、工業化社会の生産活動を円滑に行うための機能の提供と、経済を下支えするという二つの側面から、工業化社会の社会・経済システムに深く組み込まれています。そのため、公共事業による自然環境の改変が原因となる環境問題は、本質的には上部構造である社会・経済システムにまで言及しなくては解決されないということを認識することが必要です。

註)公共事業による経済的波及効果
 現在の日本では、高度成長期とは異なり、公共事業の経済的波及効果はそれほど期待できません。高度成長期であれば、例えば工業団地の整備によって、それに続いて個別企業の設備投資が起こり、さらに経済規模が拡大するという継続的な効果が期待できましたが、国内の生産設備が過剰になりつつある現在ではそれほど波及効果は期待できません。
 今日では、公共事業による経済効果は、投入した税金を食いつぶすことによる一時的な需要で収束すると考えられます。これは、短期的には環境問題という側面から考えれば好ましいかもしれません。しかし、国家・地方自治体の財政は更に悪化することが予想され、本当の意味で公共的立場からのみ実現可能な環境問題対策などの事業に振り向ける財政的な体力の弱体化を招く恐れがあります。



二酸化炭素地球温暖化脅威説批判 近 藤 邦 明氏 『環境問題』を考える より
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更新履歴
新規作成:Feb.9,2009
最終更新日:Mar.13,2009