前頁 次頁 目次 歴史 ホーム
第十六章 人 物
故笠原三安先生
先生幼名篤介字子徳、一関藩主田村公ノ藩医ニシテ中山性（姓）タリ。父ヲ英庵ト云ヒ医ヲ業トス。母ハ菅村氏。文政十年十一月二十一日、本村狐禅寺北神（上）河畔ニ生ル。因ニ神水ト号ス。先生十三歳ニシテ、藩儒菊池一孚ニ就テ句読ヲ學ビ、弘化元年四月、江戸ニ遊学シ幕府ノ奥医多記茞底ノ門ニ入リ医学ヲ修ム。二年、赤井東海ノ門ニ入ル。三年八月、昌平黌ニ入リ、斉藤竹堂・頼三樹三郎等ト交アリ。嘉永二年三月、學成リ郷ニ帰ル。次デ、宗家笠原耨庵ニ從テ実地医術ヲ研究スル。三年後、父ノ遺業ヲ継ギテ医ヲ家郷狐禅寺ニ開ク。最モ産科ニ長ズ。先生資性温良、強忍公義心ニ厚ク、夙ニ意ヲ教育ニ用ヒ、医ノ傍ラ村童ヲ集メ、自家ヲ学舎ニ充テ、育英ニ從事ス。明治五年、学制頒布セラルヽヤ、倍々奮ッテ自ラ学事ニ委ネ、先ツ資金ヲ投ジ有志ヲ周旋シ資金ヲ募集シ、壱千余円ヲ得テ、此ニ基礎ヲ固ム。又、青年子弟ノ教養ニ努メ、薫陶到ラザルナシ。此ニ於テ一郷自ラ良風ニ順ヒ、ヨク其ノ響所ヲ知ルニ至ル。先生ハ又、単純ナル医者教員ニアラズ。実ニ村治ノ擁護者タリ、指導者タリシナリ。常ニ意ヲ闔村ノ事ニ用ヒ、大イニ産業水利土木ノ事ヨリ、小ハ一家葬姻ノ事ニ至ル迄、其ノ指導ニ当リシ、事句モ公益ニ間スルコトニ至リテハ之レヲ賛シ卒先、誘導開発ニ努メザルト云フコトナシ。其ノ一例ヲ挙グレバ、現狐禅寺川岸場ハ維新前ヘ荊蕀竹藪繁茂シ偶ニ一二ノ漁舟ノ留ルコトアルノミニテ、到底対岸ニ交通スベクモアラズ。然ルニ地勢上、此処ヲ開キ渡船場トセンカ、東磐井郡方面トノ交通上、其ノ便其利実ニ大ナルモノアリ。炯眼ナル先生、夙ニ此レヲ看破シ、佐藤直吉等ヲ説キ、指導シテ渡船場ヲ開設セシメタリ。而シテ道路ヲ開修シテ此ノ地ニ到ラシムル等、施設宜シキヲ得タルヲ以テ交通日ニ加ハリ県道改修ノ後ハ益々頻繁トナリ、遂ニ今日ノ盛況ヲ見ルニ至レリ。
先生、吉田氏ヲ娶リ、六男五女アリ。一男二女ハ夭ス。長男親文氏ハ嘗テ独逸ニ學ビ「ドクトル」ノ学位ヲ得、現ニ宇津（都）宮共立病院長タリ。四男九郎、五男英叔ノ二氏ハ医学専門学校ヲ卒ヘ、二男英仲、三男英八郎二氏ハ開業医トシテ一族共ニ医術ニ從フ。先生ノ徳此ノ如シ。故ニ村民大先生ト尊称シテ、敢テ其ノ名ヲ称スルモノナシ。明治三十七年一月二十八日歿ス。享年七十八。
故小野寺良作翁
翁ハ文政五年三月十五日、狐禅寺村ニ生ル。性豪邁闊達、夙ニ村民ノ敬愛ヲ受ク。嘉永元年、祖父栄蔵ノ後ヲ襲キ肝入役トナリ、明治維新ニ際シ、肝入役廢セラルヽニ及ビ、翁ハ挙ゲラレテ村長トナリ、爾来明治九年ニ至ルマデ、職名ニ称ハアリタレドモ、常ニ村長ノ職ヲ勤メ、同年磐井県会ノ開始セラルヽヤ、撰バレテ県会議員ヲ兼ネ勤務、襄ニ肝入役トナルヤ、村民ノ凶作ノ備無キヲ見、備荒籾ノ必要欠クベカラザルヲ思ヒ、村民ニ諮リ、安政二年、備荒籾蓄積ノ法ヲ立テ、民ヲ貧富ニ依リ差等ヲ附シ四等ニ分チ毎年一定額ノ籾石ヲ蓄積セシメタリ。
安政四年ニ至リ、荒蕪地ヲ開墾シ田トナシ、之レヨリ穫レタル籾石ヲモ備荒トシテ蓄積スルコトヽセリ。サレバ慶應三年ニハ其ノ蓄積石数七十余石ニ達セリ。現在二百余石ノ籾石ハ実ニ之レヲ利殖セルモノナリ。
翁ハ常ニ奉公ノ念厚ク、文政二年、藩主田村公、狐禅寺字天神沢外二箇所ニ杉樹植林セラルヽヤ、翁ハ裁植当時ヨリ年々下刈拂並保護手入ノ労ヲ厭ハズ、熱心誠意之レニ当リタルヲ以テ育成、旺盛其ノ成績ノ良好ナル藩内ノ模範タリ。此ニ於、明治元年、藩公親シク見分セラルヽニ及ビ、翁ハ御前ニ召サレ「大儀」ノ賛辞ヲ賜ハリ、御紋章附木杯ヲ下賜セラレタリ。翁村長ノ職ニアルヤ、一ニ村治ノ発達ヲ念トシ村民ヲ愛撫セラレタリ。明治五年、狐禅寺中里両村境界ノ解決、同六年ハ学校設立ノ鞁掌、同七年地租改正調役トシテノ効績、特ニ明治九年、狐禅寺字小倉沢字山田ノ二大林元同村備林タルヲ官林ニ編入セラルヽヤ、翁ハ之レヲ慨シ、当時、男英作氏ノ県庁ニ奉職シアルヲ機トシ、英作氏ヲ介シテ縣令増田繁幸氏ニ右官林古来ノ事実ヲ開陳セシメ、翁ハ自ラ県庁ニ出頭シテ官私区分ノ本来ヲ具申シ、百方盡力ノ結果、終ニ狐禅寺共有ト訂正ノ許可ヲ受ケタル等、其ノ効績尠カラズ。治績挙リ村民隣郷共ニ其ノ徳ヲ称セザルナシ。
然ルニ同年十二月、村長ノ職ヲ辞シ、爾来退穏家業ニ従事シ、明治二十五年八月、病ニ罹リ、二十五日遂ニ歿ス。惜シムベシ。
千葉由治郎君
君ハ滝沢産竹菷ノ元祖ナリ。生家ハ狐禅寺草ヶ沢、後、滝沢阿部良作ノ聟養子トナル。都合アリテ宮城県仙台市ヘ出稼久シク同地ニ在リ。其ノ間ニ於テ同地方ニテ用フル竹菷ノ作リ方ヲ見習ヒ、之レヲ修得シ、思フ様、郷里滝沢地方等ハ竹菷ノ材料ヲ得ルコト比較的容易ナルニ顧ル者ナク空シク之レヲ腐朽セシメ置クヲ常トス。如カズ郷里ニ帰リ之レヲ副業トスベシト、後、滝沢ニ帰リ直チニ之レヲ製作シ一関町ニ販売セリ。然ルニ從来ノ小竹ヲ以テ結ビタルモノト相違シ、唐竹ヲ以テ製シタルモノナレバ丈夫ニシテ長ク使用ニ堪え、且ツ体裁モ宜シキヲ以テ非常ニ好評ヲ博シ、需要頓ニ増加セリ。此ニ於テ君ハ附近ノ副業ヲ得ントスルモノヲ集メテ製作法ヲ教え製作セシメタリ。現在ニ於テハ之レニ從事スルモノハ三十余人、其ノ産出高一万本以上ニ上リ、重ニ盛岡方面ニ移出販売セラル。明治三十八年ノ凶作ノ際ノ如キハ、細民一ノ副業トシテ汽車運賃割引等モ許可セラレテ廣ク他県ニ移出販売セラレタリ。之レ一ニ君ガ卒先製作ニ從事傳授セラレタルニ據ル。
海軍大軍医医学士正七位勲□等 菅原佐平君
君ハ本村滝沢ノ人。郷校滝沢小學校卒業後、一関中學校ニ入学シ、成績優等ヲ以テ卒業シ、明治三十七年七月、第二高等學校ニ入学、四十年七月同行卒業、直チニ東北帝國大學医科大學ニ入學シ四十四年十二月卒業セリ。在學中ハ岩手縣教育会長ノ選定ニヨリ給費生トナリ、後又、貸費生トシテ待遇セラレタリ。
明治四十四年十二月、海軍中軍医ニ任ゼラレ、四十五年二月、從七位ニ叙セラル。大正三年海軍大軍医ニ進級シ四年一月正七位ニ叙セラル。
日彰舘教師從七位 菊池幸太郎君
君ハ真柴ノ人。夙ニ教育家タランコトニ志シ、岩手縣師範學校ニ入學シ明治二十五年卒業、盛岡市高等小學校訓導ニ任ゼラル。二十七年、東京高等師範學校ニ入學シ三十一年三月卒業、中等學校教育理科数學科教員免許状ヲ受ク。爾来、福嶋師範學校、青森師範學校、本県盛岡中学校、鹿児島県川内中學校、仝加治木中學校ニ教鞭ヲ執リ、三十五年ニハ奉任教諭ニ昇進シ、四十三年三月三十日、從七位ニ叙セラル。大正三年六月三日依願本職ヲ免ゼラレ退穏料年額金参百弐拾五円ヲ下附セラル。氏ハ公職ヲ退キテ後ハ廣島縣雙三郡吉舎村ニ寓居シ、財団法人日彰舘ニ教師トシテ育英ノ任ニ当リ居レリ。
臺湾蕃薯寮支庁長警部正八位勲七等 成澤幸作君
君ハ真柴字千刈田ノ人。文久三年十月二十五日ヲ以テ生ル。明治十六年、岩手縣巡査ヲ拝命シ盛岡警察署詰トナル。二十二年、巡査部長ニ昇進シ、二十四年ニハ警部ニ任ゼラレ釜石署長ヲ命ゼラル。明治二十九年、陸軍省ニ於テ親領土臺湾警備ノタメ警官ヲ募集スルニ当リ、君ハ現職釜石署長ヲ辞シ彼地ニ赴キ警部ニ任ゼラル。爾来、彼ノ地ニ在リ蔴荳弁務署第二課長、山杉林支庁長、新港支庁長、打猫支庁長、嘉義庁保安課長、仝警務課長ヲ歴任シ此ノ間猶幾多公私ノ役員ヲ兼務シ、忠実其ノ職務ニ盡シ、明治三十三年二月九日ハ臺湾騒擾鎮撫ノ功ニヨリ勲八等瑞宝章ヲ授ケラレ、同三十六年ニハ臺湾南部騒擾鎮撫ノ功ニヨリ賞勲局ヨリ金参拾円ヲ給ル。三十九年四月一日、明治三十七・八年事件ノ功ニ依リ金六拾円ヲ下附セラレ、又、日本赤十字社ヨリハ、同事件ニ依リ銀盃一個ヲ贈與セラル。四十年六月二十二日、愛国婦人会ヨリハ援助ノ功績顕著ナル故ヲ以テ有功章ノ贈呈ヲ受ケタリ。明治四十年十二月二十七日、勲七等ニ叙セラレ瑞宝章ヲ授ケラル。仝四十一年十月、日本赤十字社ノ特別社員ニ別セラル。然ルニ明治四十二年、郷里ナル生家ノ都合ニヨリ一旦休職トナリ帰省セシガ、四十三年五月十日、再ビ彼ノ地ニ至リ復職ヲ命ゼラレ嘉義庁保安課長トナル。
同年十月十三日、蕃薯寮支庁長ヲ拝命シ今日ニ及ブ。大正四年八月、正八位ニ叙セラレタリ。
陸軍歩兵少尉正八位 小野寺英夫君
君ハ、狐禅寺小學校卒業後、一関中學校ニ入學シ、明治四十年三月、同校ヲ卒業シ、四十年十二月一日、一年志願トシテ歩兵第五聯隊ニ入隊シ、明治四十四年五月、陸軍歩兵少尉ニ任ゼラレ、同七月十日、正八位ニ叙セラル。
君ハ夙ニ育英ニ志シ、中學校卒業後、直チニ郷校ノ教員トナリ、訓導トシテ今日ニ至ル。又、帝國在郷軍人会真滝分会長タリ。
陸軍歩兵大尉正七位勲五等 宍戸斌君
君ハ、本村真柴字千刈田ニ生マル。夙ニ軍人タランコトヲ志シ、陸軍教導団ニ入ル。爾来、熱心誠意職務ニ盡瘁シ、明治二十八年十一月、歩兵少尉ニ任ゼラル。同三十五年六月、中尉ニ昇進シ、同三十八年九月、歩兵大尉ニ昇進セリ。
明治二十七年、日清戦役起ルヤ、君ハ特務曹長トシテ出征、遼東ノ野ニ転戦、功ニ依リ勲六等瑞宝章及金壱百円ヲ下賜セラル。
明治三十七年、日露戦役起ルヤ、召集解除帰省中ナリシ君ハ、召集セラレテ後、備歩兵第五聯隊付トナリ出征、満韓方面ニ転戦行動ス。
明治四十年四月一日、明治三十七・八年戦役ノ功ニ依リ、勲五等雙光旭日章及金参百五拾円ヲ下賜セラル。明治四十年二月召集解除トナリ、退職恩給年額参百四拾円ヲ受ク。
君ハ居ヲ一関町字南新町トシ、実業ヲ娯トシテ閑散ニ日ヲ送ル。曽テ帝國在郷軍人会一関分会長タリ。
宇都宮共立病院長「ドクトル」 笠原親文君
君ハ本村狐禅寺出身、笠原三庵先生ノ長子ナリ。明治十四年、東京外国語學校ヲ卒業、同十八年、東京医科大學予備門独逸協会學校ヲ卒業シ、同二十年、東京農科大學独逸語教師ヲ命ゼラレ、其ノ職ニアル二年、世界ノ大勢ヲ考ヘ我国ノ状態ヲ察シ、奮然志ヲ立テ独逸ニ遊學、サクソン・ワイマル大公エナ大學ニ入リ、専ラ医學ノ研究ニ努メ明治二十五年、同大學ヲ卒業シ、ドクトル・メチーネノ學位ヲ得。氏ノ卓抜ナル医術上ノ技術ハ同大學教授ノ認ムル所トナリ、婦人科外科介補ヲ命セラル。同大學ニアリ從来蘊蓄セル學理ヲ実地ニ應用シ頗ル得ル処アリ。
明治二十九年帰朝、福岡県遠賀郡芦谷病院医員ヲ命ゼラレテ若松支院詰トナリ、同三十年、若松病院長ニ任セラル。同病院在勤中、職務勤勉ノ故ヲ以テ屡々其ノ筋ヨリ賞セラル。同三十一年、公立若松病院長ニ転シ、同時ニ同地方伝染病予防医員ヲ命セラル。氏、九州ニアル前后四年、其ノ間深奥ノ學理ヲ実際ニ施シ済世利民ノ効頗ル多シト称セラル。同三十二年、秋田病院長ニ転任、兼ネテ日本赤十字社秋田支部準備看護婦養成委員長嘱託セラル。
明治三十三年九月、栃木県立宇都宮病院外科医長ヲ命ゼラル（年俸二千四百円）。専ラ外科ノコトニ任シ産婆看護婦ノ養成シ、努力スル処尠カラス。從ッテ其ノ筋ヨリ賞セラルヽコト数度ニ及ブ。同三十七年、同病院長心得ヲ命ゼラレ、市町村立小學校教員恩給顧問医ヲ兼ネ栃木県医學界ニ盡セル功甚ダ多カリシガ、其ノ後感ズル処アリ、同年八月県立宇都宮病院ヲ辞シ、九月一日、宇都宮共立病院ヲ開ク。氏ノ宇都宮病院ニ職ヲ奉スル前后五年、其間専心一意、栃木県ノ模範病院タル同院ニタメニ画策考慮セシコト如何ニ多カリシカハ其ノ当時、氏ノ県立病院在勤時代ヲ識ル人ノ等シク認ムル所ニテ、至ル所官民共ニ氏ノ医術ノ優秀ヲ推重セシニ據リテモ知ルヲ得ベシ。官ヲ辞シテ民間ニ入リ市内ニ開業シテヨリ爰ニ十余年、愈々老熟セル技倆ト、進シテ止マサル氏ノ向上心トハ宇都宮共立病院ヲシテ遂ニ今日ノ如キ隆盛ノ位置ニ至ラシメシニ見テモ、其ノ一班ヲ知ルヲ得ベシ。然シテ氏ヤ資性頗ル博愛ノ念ニ富ミ、患者ニ対シテ新設懇篤、其ノ得意トスル産科外科手術ニ至リテハ、到底他人ノ窺愈ヲ許サルヽ者アリ称セラル。盖シ學識ヨリ云フモ、経験ヨリ察スルモ、将又、識見ヨリ見ルモ、我ガ国医界ノ重鎮ナルハ爰ニ言フノ必要ナカランカ。
眞瀧村長勲七等 熱海懿君
君ハ嘉永六年正月六日、本村真柴字千刈田ニ生ル。家世々一関田村藩士タリ。君幼名ヲ専治ト云フ。慶應四年、会津ト事ヲ構フルヤ、白石方面ヘ出陣シ警備ノ任ニ当ル。維新後、一関藩震撃隊ヲ組織スルニ当リ、年十八ニシテ同隊ニ属シ教練ヲ受ク。戊辰役後、藩政改革実施セラルヽニ及ビ、君ハ郷村ノ将来ニ関シ画策大ニ努ム。明治十六年一月、一関真柴村戸町役場書役トナリ、傍ラ挙ゲラレテ西磐井郡聯合会議員、衛生委員、真柴村學区學務委員等ノ要職ヲ兼又、明治二十年西・東磐井郡役所ニ入ル。郷党ノ推撰ニ依リ公職ヲ兼ヌル元ノ如シ。明治二十二年、町村制施行、真滝村トナルニ及ビ、助役ニ当選シ、明治二十六年七月一日、村長ニ挙ゲラレ、爾来今日ニ至ル迄、五期二十余年間勤続シ、郷村ノタメニ盡シ、敢テ名利栄達ヲ欲セズ。一意専心、村治ノタメニ盡シ画策経営セラル。
明治十六年、學務委員トナルヤ、就學ノ督励ヲ厳ニシ、子弟ヲシテ必ズ學ニ就カシム。当時校舎ノ設ナク民屋ヲ假用シテ之レニ充ツ。其ノ不完全タル、論ヲ待タズ。此ニ於テ君ハ校舎設立ノ急務ナルヲ思ヒ、學区総会ヲ開キテ具サニ協議スル所アリタルトモ、当時村民未ダ教育ノ必要ヲ覺ラスタメニ、現在ニテ充分ナリ必要ナシトシテ否決シ了シ顧ラレザリキ。君ハ遺憾惜ク能ハズ、翌日二三有志ト懇談シ、自ラ各戸ヲ訪問シテ寄附ヲ仰ギ、以テ初志ヲ貫徹セントシ、有志ト共ニ直チニ各戸巡リ木材金品ノ寄附ヲ得、地ヲ真柴字橋田ニ相シ、此ニ間口七間奥行三間半平屋木羽葺ノ校舎設立ヲ見タリ。之レ実ニ明治三十六年四月ナリ。村長トナルニ及ンデ特ニ本村學務奨励ノ急ナルヲ思ヒ、明治三十四年、狐禅寺小學校校舎ヲ建設シタルヲ初トシ、順次新築シテ校舎其ノ他設備ノ完全ヲ告ゲタリ。此ニ於テ明治三十四年三月、岩手県知事ハ教育上功労不勘旨ニ依リ賞與セラル。
教育ノ進歩ハ、日一日ヨリ急ニシテ決シテ現状ヲ以テ満足スベキニアラズ。サレバ、狐禅寺滝沢両校ニ高等科ヲ併置シ、又、補修科ヲ置ク。明治四十一年、義務教育年限延長ト共ニ校舎狭隘設備不足ヲ告グルヤ、直チニ各校増設ヲ計画シ、四十二年、全部之レヲ完成セリ。
又、夙ニ學校基本財産ノ必要ヲ感ジ、明治二十二年以来、之レガ造成ノ方法ヲ講ジ、年々蓄積シテ今日ニ至ル。之レガ事実ハ本誌第七章ニ詳カナリ。君ガ教育ニ関スル効績、此ノ如キヲ以テ、明治四十一年三月、岩手縣ハ教育上効績顕著ナル故ヲ以テ表彰セラレ、以テ西磐井郡教育部会ノ表彰ヲ受ク。君、町村制施行ト共ニ助役ニ挙ゲラルヽヤ、区域廣大而シテ旧五ヶ村ノ聯合村ニシテ自然旧来ノ慣習アルアリテ、容易ニ治メ難キヲ察知シ漸ヲ追テ完成ノ域ニ達セシムベク、暫ク旧村時代ノ慣例ヲ重ジ温厚誠実以テ村民ニ当リ一ニ意志ノ疎通啓発ニ努メ、新事業ヲ計画シ実施セントスルニ際シテハ、先ツ旧村有志ニ示シテ、ヨク其ノ内容意志アル所ヲ知ラシメ、後実行スルヲ常トス。サレバ其ノ経営スル所円満ナル進歩ヲ見テ、敢テ紛擾ヲ来シ遅滞ヲ見タル事実ヲ聞カズ。鉄道県道ノ開通ヲ初メトシ、村内里道ノ改修其他耕地復築工事耕地整理等ニ際シ、措置宜シキヲ得タル。累年ノ水害ニ於ケル処理、特ニ明治三十五年度及明治三十八年凶作ニ際シ同情深ク親切公平、以テ村民救済ノ実ヲ挙ゲ、一ノ不平怨嗟ノ声ヲ聞カズ。之レヲ、当時他町村ノ救済ニ関スル措置宜シキヲ得ズ村民ノ同情ヲ失ヘルニ比シ、如何ノ感ガアル。明治三十八年十一月、岩手県知事ノ表彰セラレタル豈偶然ニアラザルナリ。
西磐井郡眞瀧村長 熱海 懿
明治二十二年七月以降真滝村助役又ハ村長ノ職ニアリ専心其ノ職務ニ服シ成績桂良ト認ム仍テ茲ニ之ヲ表彰ス
岩手県知事正五位勲四等 押 川 則 吉
明治四十年頃ヨリ、君ハ聯合村トシテノ本村モ漸ク意志ノ疎通成リ、完全ナル一村トシテノ施設計画ヲナスベキノ域ニ達シタルヲ察知シ、教育費其ノ他費額ノ賦課ヲ統一シ、以テ部落有財産ノ統一ニ意ヲ注ギ、大正元年、全ク統一シアリ。此ニ村有財産ノ造成ノタメ今後十ヶ年ヲ以テ七百十余町歩ノ植林計画ヲ立テ毎年実施シテ今日ニ至ル。又、罹災救助基金村基本金蓄積ノ方法ヲ立ツ。君ハ奉公ノ念厚ク、戦時奉公ハ勿論、常ニ赤十字社愛国婦人会其他ニ盡ス所不燼尠。サレバ明治三十九年四月一日、日本赤十字社ハ忠愛ノ主旨協同盡力ノ功労多大ナルヲ以テ特別社員ニ列セラレタリ。其他公私ノ団体ヨリ褒賞及感謝状ヲ受クルコト四十余回ニ及ブ。
大正元年十月、本村消防組組織スルニ及ビ、命ゼラレテ組頭ヲ兼。又、君厳父ヲ東助ト言フ。君ハ其ノ次男ナリ。出デテ一家ヲ創立シ、勤倹以テ家ヲ整ヘ、現ニ本村上流ノ資産家タリ。
村会議員 小野寺英作君
君ハ嘉永四年十月十三日生、狐禅寺肝入小野寺良作翁ノ長男ナリ。幼ヨリ笠原英庵並ニ三安先生ニ師事シ薫陶ヲ受ケ、殊ニ経理ニ長ズ。
明治八年五月三日、水澤縣庁ニ奉職シ租税課勤務トナル。同十一月學務課ニ転勤、明治九年二月、磐井県出仕トナリ同六月ニハ事務引渡シノタメ宮城縣ニ出張ヲ命ゼラル。
同九月四日、宮城縣地租改正御用係申付ケラレ、彼地ニ至リ勤務ス。然ルニ、厳父良作翁ハ、嗣子タル君ヲ永ク官理（吏）トスルヲ好マズ。出仕当時ヨリ帰郷家業ニ従事スベキヲ迫リタリシガ、当時ニ至リ其ノ要求愈々急ナルヲ以テ、君ハ意ヲ決シ断然官吏タルヲ断念シ、専心家業農業ニ従事セント決心シ辞職帰郷セリ。時ニ明治十年六月九日ナリキ。君襄ニ水澤県庁ニアリシ時、恰モ郷里狐禅寺村有山林小倉澤山田ノ二箇所、誤リテ官林ニ編入セラル。村民之レヲ慨シ百方開陳スレドモ官之レヲ許サズ。此ノ報、当時ノ肝入タル厳父ヨリ報アルヤ、県令増田繁幸氏ニ事実ヲ開陳シ、直チニ厳父ノ出頭ヲ促シ、相共ニ訂正許可ヲ得ルニ努メ遂ニ其ノ目的ヲ達スルヲ得タリ。
明治十二年八月二十一日、滝沢狐禅寺村会議員ニ当選シ議長トナル。爾来、村会議員ノ職ニ在リ、町村制施行後モ今日ニ至ルマデ引続キ村会議員タリ。明治十三年六月、學務委員ニ擧ゲラレ同二十六年三月之レヲ辞ス。明治三十二年十月、西磐井郡々会議員ニ当選シ三十六年十月、再選セラル。
君ハ奉公ノ心厚ク、タメニ村民ハ公共ノ事一ニ君ノ盡力ニ待タザルベカラザレバ、今日ニ至ルマデ公私ノ職ニ擧ゲラレ盡瘁セラレタルコト少ナカラズ。即チ、前記ノ外、真滝村第二区長土地取調委員・町村聯合相談会議員・出納検査員・統計調査委員・産業督励委員・狐禅寺小學校新築・増築委員長・赤十字協賛委員等、数フルニ遑アラズ。
君ハ農事改良ノ急務ナルヲ思ヒ、自ラ鋤鍬ヲ採リテ農業ニ從事シ、実地改良ノ範ヲ示ス。勧誘盡努ス明治二十九年、真滝村農会ヲ設立シ、三十七年十月、仝会長ニ擧ゲラレ今日ニ及ブ。明治四十一年三月ニハ西磐井郡農会副会長トナリ、四十四年賽銭、大正三年十月満期退職ス。君ハ夙ニ耕地整理ノ必要ヲ説キ、明治三十八年、愈々三関耕地ヲ整理施行スルニ当リ委員長ニ挙ゲラレ、熱心事ニ從ヒ無滞完成ヲ見タリ。爾来、耕地分配事務整理其ノ他ノタメ勤績ス。明治三十年、同三十一年、同三十二年ニハ、磐井川岸耕地災害復築工事係トシテ盡瘁セラル。
君ハ自費ヲ投ジテ、閑アレバ近所ハ勿論遠ク他府県ニ出張視察ヲナシ、又指導ヲ受ケ、帰リテ自ラ之レヲ実施シ、一方村民ヲ指導勧誘シ以テ改良ノ実ヲ挙グルヲ娯トス。又公共有益ナル事業ニハ、自ラ資ヲ投ジテ其ノ事実ヲ幇助セラル。其ノ重ナルモノヲ挙グレバ、狐禅寺小学校新築増造築ニ際シ金壱百五拾余円並ニ土地三反歩ヲ寄附シ、日本赤十字社資ヲ幇助シテ特別社員ニ列セラレ、光西寺梵鐘鋳造造リ擧ガルヤ、多額ノ寄進ヲナシ管長森田悟由師ヨリ賞與セラレタル如キ、其ノ重ナルモノトス。此ノ如クナルヲ以テ感謝状賞状ヲ受クルコト弐拾余回ニ及ベリ。
著述家 長田権治郎君（号偶得）
君ハ本村真柴ノ人。長田峯吉翁ノ次男ナリ。家世々農ヲ業トス。君ハ幼ヨリ學ヲ好ミ長昌院住職ノ膝下ニ持シ、実家ニ帰ラザルコト多カリキ。
野村磐陽先生ノ塾ニ入リ、現代議士阿部徳三郎氏等ト學ヲ同ウシ、夙慧ノ評高ク遂ニ挙ゲラレテ塾長トナル。十八歳ノ時、志ス所アリ、笈ヲ東都ニ負ヒ、内藤恥叟翁ノ許ニ寓シ、斯文學舎ニ入リ、重野安繹・岡本監輔・根本通明ノ諸先生ニ就キ、漢學ヲ講究シタリシガ、中途病ニ罹リ一時帰省、再ビ上京シテ内藤翁ニ就キ國史國文ヲ講究シ、殊ニ徳川時代史ニ趣味ヲ有シ、研究大イニ努ム。後、中村敬宇先生ノ同人社ニ入リ英學ヲ修ム。業成リ同人社ヲ卒業シ尚進ンデ講學ヲ継続セント欲スル念切ナリシモ、學資欠乏、其ノ志ヲ満ス能ハズ。止ムナク一時郷ニ帰リ真柴小學校訓導ヲ奉職ス。西磐井高等小學校設置セラルヽニ及ビ君ハ聘セラレテ同校訓導トナリ英語科ヲ担任ス。新進気鋭ノ少壮教員トシテ子弟ノ信望ヲ一身ニ集ム。
二十三歳ノ時、講學ヲ継続セントシテ三度上京ス。時恰モ国会開設民論勃興ノ際ナリシヲ以テ、年少気鋭ノ君ハ遂ニ改進党ニ入党シ、大イニ民論ノ作興ニ努メ、仙台市東北新聞社ニ入リ、社説ヲ担当シ、後、同志ト諮リ、別ニ東北日報ヲ発刊シテ、君ハ之レガ主栽（宰）トナル。居ルコト四年後、東京毎日新聞社ノ聘ニ應ジ入リテ政治部ヲ担当ス。大ニ期スル所アリシガ、松隅内閣成立スルニ及ビ、君ハ政党及四囲ノ関係明カナルニ至リテ感ズル所アリ、断然、政界ト関係ヲ断チ、専ラ著述ノ業ニ從フ。
君ハ最初ノ著述、明治二十九年林子平ノ伝ヲ公ケニシ、続イテ平田篤胤、山鹿素行等五公ノ伝記ヲモノニシテ出版シ、非常ノ好評ヲ受ク。其ノ今日ニ至ルマデノ著述ハ実ニ二十余種ニ及ビ、何レモ相当ノ努力ヲ有セシモノニシテ、好評ヲ博シ居ルト雖モ、君ハ著書ノ外、東都ノ諸雑誌ニ執筆シ、現ニ成功雑誌社主筆タリ。
大阪府立工業高校教諭 菅原富治君
君ハ本村滝沢道目木ノ人。立志成功者ノ一人トナス。家貧シクシテ充分ナル教育ヲ受クル能ハズ。滝沢小學校道目木分教場ニ於テ尋常科四年ノ課程ヲ終フルヤ、年十二・三才ニシテ親戚ナル本郡日形村大工職熊治ノ弟子トナリテ、同地ニ赴キ大工ヲ業トセリ。後、熊治北海道ニ赴クニ際シ、君モ又連レラレテ彼ノ地ニ至リ共ニ大工ヲ業トセリ。然レドモ、普通ハ大工ハ元ヨリ君ノ志ス所ニアラズ。奮発勉励、以テ大成セントシ、大工ノ傍ラ独學勉励大ニ努ム。其ノ効空シカラズ。明治二十九年九月、岩手縣知事ノ推薦ニヨリ東京工業學校教員養成所木工速成科ニ入學許可セラレタリ。
同三十一年七月、同校卒業、直チニ北海道師範學校手工科教師トナリ、明治三十五年四月迄之レヲ勤ム。此ノ間、小學校教員検定委員トナリ、北海道師範學校舎建築又ハ増築工事監督トシテ盡シタルコト少ナカラズ。
明治三十五年五月、沖縄県工業學校ニ転任シ、明治四十三年四月、大阪市立工業學校ニ転任シ、今日ニ至ル。
明治四十四年ニハ、大阪市長ノ嘱託ニヨリ御大典記念献上品ノ製作ニ從事シ、之ヲ完成シ、献上ノ光栄ヲ得タリ。其ノ他、萬國博覧会・桑港博覧会其他ニ際シ、日本ヨリノ出品物製作、或ハ監督ニ從事シタルコト数フベカラズ。
宮城縣警察部保安課警部 小野寺右男君
君ハ明治三十六年岩手縣巡査ヲ拝命シ、三十九年巡査部長ニ昇進、高等警察部勤務トナル。四十一年、警部補ニ進ミ、花巻警察署ニ勤務セシガ、大正二年三月宮城縣ニ出向ヲ命ゼラレ、同年四月、宮城縣警部ニ任ゼラル。目下、同県警察部保安課保安係主任タリ。真柴ノ人。
学務委員 小野寺揆一君
君ハ安政六年朔日、狐禅寺村ニ生ル。肝入小野寺良作翁ノ二男ナリ。幼ヨリ笠原三安先生ニ近習シ薫陶ヲ受ク。夙ニ農業ヲ志シ駒場農學校ニ入學セントシ、一旦東都ニ至リシモ、厳父ノ許サザルガ故ニ望ヲ達セズシテ郷ニ帰リ、爾来、熱心ニ家業ニ従事ス。
明治十二年、西磐井郡滝沢村・狐禅寺村戸長申付ケラレタレトモ、官吏トナルハ君ノ素志ニアラズ、且ツ家業ノ都合ニヨリ同年二月依願免職トナル。
二十年五月、村会議員トナリ、二十六年三月二十四日、本村學務委員ニ当選シ今日ニ至ル。此ノ間、一関外五ヶ村聯郷会議々員トナリ、土地対照委員トナリ、又、産業奨励委員・農産品評会審査員ニ挙ゲラレ、其ノ他公私ノ職ニ撰バレテ盡瘁スル所少ナカラズ。特ニ學事ニ執心ニシテ小學教育ノ発達進歩ヲ許リ、學校基本財産造成ニ校舎ノ新築ニ諸般ノ設備又在學児童ノ督務等ニ盡ス所大ナリトス。サレバ、明治四十年三月三十日、岩手縣ヨリ教育上功績顕著ニツキ奨励金弐拾円ヲ賞與セラレ、大正二年二月十一日ニハ文部大臣ヨリ選奨状左ノ如シ。
効 績 状
岩手縣西磐井郡真滝村
學務委員 小野寺 揆 一
多年學務委員ノ職ニ從事シ指据経営以テ少學校教育ノ普及発達ヲ図リ其ノ功績顕著ナリトス
仍テ明治三十八年六月文部省令第十一号小學教育功績状規定第一條ニ依リ茲ニ之ヲ選奨ス。
大正三年二月十一日
文部大臣從三位勲一等 柴 田 家 門
同時ニ岩手縣ヨリ賞状左ノ如シ。
多年學務委員ノ職ニ從事シ指据経営以テ少學校教育ノ発達ヲ図リ其ノ功績顕著ナルニ由リ賞トシテ金壱百五拾円給與ス
大正二年二月十一日 岩手縣
同時ニ岩手縣知事ハ賞金壱百五拾円ヲ給與セラル。依リテ君ハ直チニ金壱百円ヲ本村學校基本財産トシテ寄附セラレタリ。実ニ奇特ト云フベシ。
大正二年四月、岩手縣教育会西磐井郡部会長ハ君ノ功績ヲ表彰シ、功績状並ニ賞品ヲ贈呈セラレタリ。
元岩手縣巡査 成澤 泉君
君幼名ヲ祐一郎ト称ス。家世々一関藩田村公ノ藩士タリ。慶應四年春、会津征討ノ事アルヤ、君ハ銃卒トシテ白石ニ出陣ス。明治元年八月、戊辰ノ役ニハ、年一八ニシテ秋田刈和野ヘ出陣、九月十五日、大敗シテ逃ゲ帰ル。
明治六年、志ス所アリテ東京ニ上リ、徳大寺実則公ノ僕トナリ居ルコト一年ニシテ、郷ニ帰リ岩手縣巡査ヲ拝命シ、四等巡査トナル。
明治九年、明治天皇奥羽御巡幸ヲ仰セ出サレ、六月三十日ヨリ聖駕本県ニ入ラセ給フヤ、君御警護申付ケラレ日夜其ノ職ニ從事ス。
七月一日、天皇、中尊寺ヘ行幸アラセ給ヒ、御休憩ノ際、御随行ノ乗馬奔逸シ御先駆ノ騎兵中ヘ飛入ル。既ニ玉輦ヘ近ヅカントス。御随行ノ一同恐縮ニ堪エズ。之レヲ引留メントアセレドモ、狂馬ノ勢到底尋常ニテ引留ムベクモアラズ。時ニ君ハ警護ノ任ニ在リ、之レヲ見テ直チニ奔馬ノ頚ニ飛付キ全力ヲ出シ鼻尖ヲネジリ、恐縮ノ余リ無我夢中ニテ之レヲ留メテ事無キヲ得タリ。宮内省、其ノ行ヒヲ賞セラレ賞状ヲ下附セラル。即チ左ノ如シ。
岩手縣四等巡査 成 澤 祐一郎
去ル七月一日
御巡道筋中尊寺境内江繁置乗馬ノ内口綱ヲ噛切リ奔逸シ御先駆ノ騎兵中江飛入リ既ニ玉輦ニモ近ヅカントスル場合ニ立至リシヲ一曽盡カシ其ノ馬ヲ抑留セル始末職掌トハ乍申殊勝ノ儀ニ付為其賞目録ノ通リ賜候事
明治九年八月九日 宮 内 省
明治十一年、九州地方騒擾ノ際、警備トシテ同地方ニ出張ヲ命ゼラレ、十二月帰縣ス。
爾来、巡査奉ズルコト□十□年、勤務勉励事務熟達賞ヲ受クルコト二十有八回ニ及ブ。
明治□年、老体ノ故ヲ以テ職ヲ辞ス。退隠料年額金六拾参円ヲ給與セラル。
君郷ニ帰ルヤ、自ラ鋤鍬ヲ取リテ農業ニ從事シ、明治四十一年、選バレテ村会議員トナリ、再選シテ今日ニ至ル。
又第十区長ヲ兼務ス。
瑞川寺住職 三浦無學君
君ハ膽澤郡衣川村ノ人。幼ニシテ本郡厳美村猪岡龍川寺住職村上活山ノ徒弟トナリ、佛門ニ入ル。明治十五年九月、曹洞宗岩手専門支校ニ入學シ、同十九年十二月、同校七級ヲ卒業セリ。明治二十二年二月、大學林學科五級卒業ノ証明書ヲ受ク。
明治二十四年五月二十日、瑞川寺住職ニ任ゼラレ今日ニ至ル。其ノ間、明治二十五年十一月、岩手管内布教師ニ任ゼラレ、三十四年八月、管内曹洞宗第十六号宗務係トナリ、四十三年十月、岩手縣第三曹洞宗宗務所長ニ任ゼラレ、次デ四十四年四月、岩手縣第三曹洞宗宗務所管内教師部委員長トナリ、為宗盡力スル所少カラズ。
君ハ明治三十一年十二月、岩手縣監獄署教誨師ヲ嘱託セラレテ以来、一関分監訣ヲ勤メ囚徒ノ教化善導ノタメ熱心励精盡力、今日ニ及ベリ。
其ノ職務ニ忠実熱心ナルハ衆ノ認メル所、左ノ表彰状及感謝状ヲ受クルニ至リシモ故ナキニアラザルナリ。
一、感謝状
瑞川寺住職 三 浦 無 學
其許儀岩手縣監獄教誨ニ從事シ励精盡力洵ニ奇特ノ至リナリトス 依テ茲ニ安陀回壱肩ヲ賞与シ其ノ善行ヲ表彰ス
明治四十二年十月二十日
勅賜性海慈船禅師
勅賜性雲普葢禅師
二、感謝状
曹洞宗第四次議会ノ議決ニ依リ監獄教誨師三浦無學師ニ感謝状ヲ呈ス
明治三十二年教誨取締ノ推薦ヲ得テ管長ノ命ニ憑リ師ノ監獄教誨師ノ任ニ当ルヤ誠心精意其ノ職責ヲ全フシ独リ宗門ノ本意ヲ盡力セシノミニアラズ邦家ノタメ国民改導ノ実績ヲ挙ゲタルハ議会満場ノ認ムル所ナリ
茲ニ議長及川亮順議員ヲ代表シ議決セン安陀衣壱肩ヲ贈呈シ永ク師ノ功労ヲ表彰ス
君ハ慈善ノ心ニ厚ク、又、公共心ニ富ミ、明治二十四年ノ岐阜愛知両縣下ノ震災ヲ始メ明治三十五年、仝三十八年東北凶作ニ際シ、義捐金ヲ恵与セシタル尠カラズ。明治二十七・八年戦役ニ際シテハ、恤兵費ノ寄附ヲシ、真柴小學校新築増築ニ際シテハ金品ノ寄附ヲナスト共ニ、毎年生徒奨励ニタメ賞品ヲ寄與セラルヽ如キ、其ノ他道路ノ改修諸官公衛公共物ノ造営ニ際シテハ、自ラ進テ応分ノ寄附ヲ申出ラルヽ如キハ、皆人ノ知ル所ナリ。
又、其ノ子弟ノ教育ニ意ヲ用ヒ、學費ヲ給シテ相当ノ學校ニ入ラシメ、尚、仙台東京等ニ遊學セシメテ宗教専門ノ教育ヲ受ケシメ、以テ、子弟ヲ教育シ怠ラザルハ一門ノ認メテ徳トスル所ナリ。襄ニ君ノ當寺ニ住職トナルヤ、時恰モ維新変革ノ後ヲ受ケ、剰ヘ火災ニ罹リタルト、住職其ノ人ヲ得ザル等ヨリ、檀家ノ信望ヲ失シ其ノ荒廃甚シク、経済上ノ困難ヲ感ズルコトモ又切ナルモノアリキ。君ハカヽル境遇ニアリテ、善ク其ノ本分ヲ盡シ、熱心ニ布教教導ニ勤メタル結果、檀徒ノ信望モ加ハリ、明治三十九年、遂ニ本堂雑舎ノ改築ヲナシ、尋テ造作並ニ境内整理ヲ加ヘ今日アルヲ見ルニ至レリ。
故千葉倉松君
君ハ本村滝沢ノ人。家世々農ヲ業トス。君幼ニシテ聰明、特ニ数學ヲ好ミ、当時同郷ノ流景先生ニ就テ算術ノ稽古ヲナス。後、一関藩士数學家千葉勇七先生ノ門ニ入リ親シク教ヲ受クル。
多年遂ニ仙台ニ至リ数學道場ノ試験ニ應ジ同社友「隠顕」ニ列セラレ免許ヲ受クル。
因ニ嘉永四年辛亥四月出殿仙台数學道場社友列名ヲ見ルニ、千葉勇七先生ハ伏題ニ、千葉倉松先生ハ隠題ニ列セラレアリ。
先生、性温厚恭謙、理財ニ通ジ、郷党ノ信アリ。年二十五ニシテ村肝入ニ命セラレ、滝沢邑ニタメニ盡ス所尠カラズ。又常ニ子弟ヲ集メテ数學ヲ教授セリ。之レガタメニハ唯ニ自村子弟ノミナラズ、流地方ハ勿論、東山地方ニマデモ聘セラレ教授ノ任ニ当レリ。特ニ維新後、肝入退職ノ後ハ一意専心数學教授ノ任ニ当レリ。サレバ明治二十三年磐井警察署ニ於テ先生ノ子弟ヲ調査シタルニ、実ニ八百三十人ニ上リタリト云フ。以テ当時如何ニ先生ノ名声アリシカヲ知ルニ足ルベシ。
先生、明治二十五年、病ニ罹リ歿ス。享年八十五才。
明治二十年門弟相計リ碑ヲ滝沢字竹中ニ建ツ其ノ碑文左ノ如シ
澗泉先生碑
翁名胤雪千葉氏称倉松澗泉号也 滝沢人 世為農家翁幼好数學有暇手不釈等及長從流峯及其子流南環水先生遊丐
研鑽多年頗遊得業成授千郷里翁人温厚誨導不倦 從遊業者甚多会茲齢己八十有一門人保矩等胥謀立碑於其所
以表報恩旌徳ノ意云爾
明治二十年丁亥十二月 門人調記
前頁 次頁 目次 歴史 ホーム
参考 元号と西暦の対応
文政：元年（一八一八年四月二二日）～十三年（一八二九年 十二月九日）仁孝天皇
天保：元年（一八二九年 十二月十日）～十五年（一八四四年一二月一日）仁孝天皇
弘化：元年（一八四四年一二月二日）～五年（一八四八年 二月二七日）仁孝天皇 元年四月は正確には天保十五年四月になる。
嘉永：元年（一八四八年二月二八日）～七年（一八五四年一一月二六日）孝明天皇
安政：元年（一八五四年一一月二七日）～七年（一八六〇年三月一七日）孝明天皇
万延：元年（一八六〇年三月一八日）～二年（一八六一年二月一八日）孝明天皇
文久：元年（一八六一年二月一九日）～四年（一八六四年二月一九日）孝明天皇
元治：元年（一八六四年二月二〇日）～二年（一八六五年四月六日）孝明天皇
慶應：元年（一八六五年四月七日）～四年（一八六八年九月七日）孝明天皇
明治：元年（一八六八年九月八日）～四五年（一九一二年七月二九日）明治天皇
底本：「復刻 眞瀧村誌」
２００３（平成１５）年６月１０日発行
発行者 眞瀧村誌復刻刊行委員会
代表 蜂谷艸平
２００４年３月１０日作成