問題克服の処方箋 | |
§3-2-1 研究ノート市場経済による無理のないリサイクルを
3 リターナブルシステムの考察 3-1 デポジット方式 3-2 賃貸方式 3-3 売買方式 一口にリターナブルシステムといっても多様であって,それぞれ適用範囲と利点が異なる。この節では,これをデポジット方式,賃貸方式,売買方式に分けて考察する。 3-1 デポジット方式 デポジット方式(deposit-refund systemまたはrefundable deposit system)とは,製品本体の価格に容器回収のためのデポジット(預かり金)を上乗せして販売し,使用済み容器を返却すると預かり金がリファンド(返金)される仕組みをいう。したがって,日本語でデポジットというのは実態に合わない表現である。より正確なことばとして,後に述べる理由により「リファンド方式」というべきであろうが,ここでは通称のデポジットをそのまま使うことにする。 デポジットには,実施する主体が行政か,企業かという点で2種類に分かれる。そして,またその実施範囲が地域的か全国的かという点でも分かれる。 まず,行政または管理者が主体となり,孤島や動物園や学校などの限られた区域で実施されるデポジットから考える。 中日新聞(99.7.11)の伝えるところによれば,八丈島の場合,町が識別シールを協力販売店に1枚9円で売る。協力販売店は容器入り飲料を売ったときには,このシールをつけて10円増しで売る。協力販売店は1円の儲けになるが,自動販売機の場合には必要なシールを容器に貼る手数がかかる。 飲み終わった消費者がこのシールと共に使用済み容器を協力販売店に返したとき,協力販売店は消費者に10円を返す。その容器を町に渡すとき,町から11 円もらえるので協力販売店はさらに1円の儲けとなる。しかし,協力販売店は八丈島のすべての商店ではなく,手間がかかるので参加しない商店も多く,部分的に実施されている。ここで協力販売店を島のすべての商店に広げるには,協力販売店の手数料を増やすか,または町が職員を増員してシール貼りなどをしなければならない。 このようにしてデポジットがおこなわれると,町は容器1個あたり2円の出費となり,そのうえ集めた容器は定められた基準で処理しなければならないし,シールを印刷し,協力販売店に売るために職員を配置しなければならない。これは町民税の投入でまかなわれる。しかし,これによって処分場へ流れる廃棄物の量は減り,使用済み容器の散乱は少なくなるであろう。 このような行政主体のデポジット方式を国の規模で一律におこなうには無理がある。また,この八丈島の試みが全国の市町村に広がるとも考えられないから,これはちょっとした実験に終わるに違いない。 これに対して,諸外国でおこなわれているような企業主体のデポジットがある。たとえば,デンマークの場合,ビールも清涼飲料水も330mlでデポジットは1.25クローネ(約25円)と定められている。これは清涼飲料水の場合中身1本の値段の42%に相当する(ジェトロp.120)。ペットボトルを使用する場合はその4倍の5クローネである(田中p.90)。このような1本100円という高価な返金をするのはリサイクル制度を維持するためである。 ドイツの場合,ビールでは500mlびんで15ペニヒ(12円),ガラスびんジュースで30ペニヒ(23円),ペットボトルで70ペニヒ(53円)である(松田b p.23)。このようにペットボトルのデポジットが高いのに,消費者がペットボトルを選ぶのは,ペットボトルが取り扱いやすいからである。 ドイツでは,1991年に包装廃棄物回避のための政令が制定され(田中p.81),飲料容器は全生産量の72%をデポジットによりリターナブル容器としなければならないことになった。そして翌年には74%を達成した(松田a p.48)という。歴史が示すように,ドイツ人は正義をかかげた場合,脱落者なくほとんどの人々が一致して行動することができる。フランス人や日本人ではとてもまねのできることではない。 これらの例が示すように,デポジットとは,実施主体が公的であろうと私的であろうと,すべて公共部門が政策的意図をもって強制的に導入する政策的デポジットである。行政による規制や収集場所作りなどの関与が不可欠で,しかもその取引価格を行政が決めなければならないから,とても市場経済というわけにはいかない。社会主義的経済の失敗にこりないで,またもデポジットにおいて計画経済という過ちを繰り返すと言ってもよいであろう。 このデポジットによりリターナブル容器が順調に回転するかどうかについて考える。 ① デポジット料金が低額では消費者は返金の権利を放棄するから効果は得られない。そこでこれを高く設定することで高い回収率が達成できる。そして,これはかえって販売促進効果となる。たとえば,高額の返金があれば得をしたような気分になるという松田美夜子氏の指摘(松田b p.24)はおもしろい。 ところで,返金なしという方法も考えられる。日本経済新聞(99.7.24)によれば,EU大使級会議は,域内で販売された車を使用後無料で回収することを義務付けるリサイクル法案をEU議会に提出することを決めたという。EUはこれにより廃車の不法投棄を防ぐという。しかし,スウェーデンのように廃車の手続きをしなければ自動車税を払いつづけなければならない(石a p.112)などの罰がなければ,廃車手続きが面倒という理由で不法投棄する者はなくせないだろう。その結果として散乱した廃車を集めてまわる手間を考えるならば,高額の返金または罰金が必要なのである。 そもそも,このデポジットの目的は,このリファンド(返金)による使用済み容器の散乱防止だったのだから,この制度はデポジットではなく,リファンドと命名すべきだった。 ② 品種ごとに預かり金を差別すれば,より分別リサイクルが容易になる。消費者が販売店に使用済み容器を返すとき,ドイツのように種類別に返金が違っていれば,販売店は容器を種類別にまとめるであろうから,分別回収はおのずとできることになる。 しかし,この差別は適正でなければならない。たとえば,原価の安いペットボトルにガラスびんよりも高価なデポジットをつけて,ガラスびん入りと同じ金額で飲料を販売したとする。すると,ドイツの例で見られるように,消費者は多少汚くても返金の大きいペットボトルを好むことになる。 ペットボトルはガラスびんにくらべ再使用の回数も少なく,また丈夫で破砕することが困難でかさばるから,すでに述べたように焼却するのであればともかく,処分場に廃棄処分するのであれば処分場の枯渇を早め,また社会的費用は余計にかかることになる。このようなドイツのリサイクルは失敗であろう。扱いのやっかいなペットボトルの推進を行政がしていることになるからである。 1975年にアメリカのオレゴン州で始まったこのデポジットは,現在ではヨーロッパ各国で採用されている。ところが,日本では業界の反対でなかなか実行されない。そこでこの反対理由を検討する必要がある。 空き缶散乱に困った観光都市京都市での経験から本多淳裕氏はこの反対理由を次のようにまとめている(本多p.159)。 ①小売店には回収容器の置き場がない。 ②回収には手間賃が必要。 ③全国一斉にすべきだ。 ④システムの運営費は非回収のデポジットをあてにしている。 ⑤デポジットは望ましいリサイクルを妨害する可能性がある。 これらの反対理由は確かに検討に値する。特に,②と④の経済的理由は本質的である。空き缶を回収するのに必要な費用をだれが負担するのか,という問題がこのデポジットの最大の欠点だからである。 すでに述べた八丈島の例では町が,協力販売店にシールを渡すのに1円,現物を回収したら1円,合計2円を負担し,協力販売店の手間賃にしている。しかし,これでは安すぎるので協力販売店になることを断られることになるし,また町が負担するというのも,発生者の責任,いわゆる汚染者負担の原則に反している。 そこで,京都市の場合はこの事業費を非回収のデポジット料金で負担しようとしたようである。この方式はリデンプション(redemption買い戻し制)といい,消費者が容器を販売店に返せば預託金は返却されるが,市町村の収集にまかせると返却されず,事業費の一部となる(寄本p.270)。しかし,これでは回収が進むと事業ができないということになってしまう。この事業を進めるためには,回収しない方がよいのでは,いったい何をしようとしていたのかということになる。 企業が主体となって回収する場合も同様で,回収率が下がると企業または小売店の利益が増えることになるから,企業や小売店はできるだけ返金しないで済むようにしたいと願うことになる(植田b p.210,丸尾p.288)。 ①の置き場がない,ということも結局は手間賃に類する問題で,利益にならないのに保管場所を提供させられるから反対するのである。 ③の全国一斉に,というのも本質的である。地域デポジットでは,八丈島のようなほとんど孤立している地域では可能だが,京都市のような所では周辺市町村との間で差別となるから,協力販売店になった方が得か,それとも損かの判断ができず,強い反対になることは理解できる。 結局,デポジットはこれらの問題点を解決できないので,この方法を採用すると望ましいリサイクルを妨害する可能性があるという⑤の指摘につながることになる。 TOP 3-2 賃貸方式 デポジット方式でいろいろな欠陥が生じた原因は,使用済み容器の所有権をあいまいにしているからである。すなわち,容器を所有することの権利と責任を問うことなく,この容器のとり扱い方を論じているからである。所有権の獲得は法律によって厳しく制限されているのに,所有権の放棄は簡単にできる。これをあいまいにしてはごみ問題は解決できない。これまでのごみの問題で基本的に欠けているのはこの所有権の議論であった(槌田a p.279)。 所有権に注目して,この飲料容器のリターナブル問題を整理すると,ふたつの方式が考えられる。使用済み容器の所有権が業者の側にある場合と消費者の側にある場合である。実在する例でいえば,賃貸方式と売買方式である。 賃貸方式は,飲料を購入したとき,内容物は消費者の所有であるが,容器は生産者または販売者の所有とする方式である(槌田b p.46)。消費者は,この容器を借りているにすぎないので,この使用済み容器を捨てることは,所有権の侵害になる。 賃貸方式の実例としては生協方式がある。容器の移動のたびに金銭が動くのではなく,破損などで容器が回収されないとき,容器代を払うことになる。このやり方で,金銭の移動がないものとして日本に定着していたのは牛乳配達である。牛乳びんは丈夫に作られているので,借り賃を決めなくても,ほとんど目減りすることなく回収されて再使用された。 この賃貸方式は,生協や牛乳配達に見られるように固定的売買に限定される。したがって,この方式を広範囲に採用することはできない。まったく同じ容器であっても,たとえば,A店が扱った容器はA店に返却しなければならない。A店の容器をB店が近いからといってB店に返却することはできない。したがって,消費者にとっては,かなり面倒であり,この方式をリターナブル化の基本とすることはできない。 TOP 3-3 売買方式 ビールびんなどの日本の回収方式は,空きびんの売買である(槌田b p.46)。これは,一見,デポジットのように見えるが,消費者は内容物とともにびんも購入しているので,使用済み容器は消費者の所有物である。 黒井尚志氏は,その著書(黒井p.132)において,ビールびんはビール会社の持ち物と書いている。また,このビールびんの回収方式を自発的デポジットとみなす考え方もある(たとえば,石b p.98,植田b p.207)。 しかし,いずれも間違っている。消費者は空きびんについてデポジット契約をしたわけではなく,空きびんをどのように扱おうと消費者の自由である。これを捨ててもよいが,この空きびんには使用価値があり,業者に渡せば金銭を得ることもできる。つまり売買であって,空きびんの所有権は金銭と交換される。特に,次に述べるように,この方式は関与する者すべてが利益を得ることができる。誰かが費用を負担することになるデポジットとは決定的に違う。 売買方式では,消費者がこのビールの空きびんを販売店に売ると,販売店は以前ならば1本10円,現在は5円を消費者に支払う。そして販売店は,いくらか増額して仲買またはびん商に売る。仲買やびん商はやはり増額してビール会社に売る。ビール会社はこれを洗浄して再使用する。この流れで使用済み容器の所有権は次つぎと移転している。 ここで関係者のすべてがこの方式で利益を得ていることに注目する必要がある。消費者にとって,デポジットでは善意により空きびん回収に協力することになるが,売買方式では空きびんを売れば得をする。販売店や仲買にとっても,デポジット方式ではやはり善意または強制による奉仕作業をしなければならないが,この売買方式は,大量に扱うことでさらに利益が増える。 ビール会社にとっては,この再使用に要する費用は新しくビールびんを買うよりも安く,利益を得ることができるので,この方式を続けている。さらに,ここでラインから外された大量の欠陥びんは,まとまって発生し,また混ざり物もないから,優良ガラスカレットとしてビールびんに再生できる。ビール会社はこのカレットをビールびんの製造業者に売って利益を得ている。このように再使用と再生で,ビールびんはほとんど無駄なく利用される。 ここで大切なことは,関係者は市場経済により利益を分けあっていることである。別の言い方をすると,廃棄物に価値があるから取引されるのである。この売買方式では,市場経済のパレート最適が成立し,関係者全員がもっとも利益が高くなるところでそれぞれの取引価格が落ち着くことになる。しかもその場合がもっとも取引を大きくし,回収率を高くすることになる。 これに対して,デポジットはすでに述べたように一種の計画経済で,価値のない廃棄物を強制的に取引させようとし,その取引価格を人為的に強制して決めることになる。 かつて,日本では,表2に示すように,この売買方式によって炭酸飲料,果汁,醤油びんなども回収され,その回収率も1980年には95%(20回使用に相当)を越えていた。酒は85%(7回使用に相当)であった。日本で使用されていたガラスびん全体でいうと乳酸飲料や洋酒も含めて,回収率は80%(5回使用に相当)であった(黒井p.135)。 この外に賃貸方式で回収率のきわめて高い牛乳びんがある。これはびん商の手に渡らなかったのでこの統計には入っていない。ところが,牛乳びんを除くガラスびん全体の回収率は89年には55%になってしまった。2回ほど使って処分場へ投棄されることになる。 この売買方式が壊れたのは,関係者のどこかで儲からなくなったからである。コカコーラや醤油の場合は,消費者が重いガラスびんを好まず,別の容器を選びガラスびん詰めが売れなくなったからである。酒の場合は,高級酒化にともない新しいガラスびんが用いられるようになり,また低級酒は紙パック化し,回収ガラスびんを醸造会社が買い取らなくなったからである。そのため小売店や仲買の利益がなくなってしまい,このシステムは壊れてしまった。さらに,ウィスキーなどのように小売店の扱うびんの種類が増えて,回収びんを種類別に分けて置く余裕がなくなったことも影響する。 ビールも同様で,消費者が缶ビールに嗜好を変えたことでびんビールは危機を迎えた。しかし,びんビールは飲食店で根強い需要があった。その理由はびんビールはうまいということもあるが,もっと本質的な理由は,その他の容器を利用すると大量の廃棄物の発生となり,飲食店に廃棄費用がかかるからである。そこで無料でもよいから引き取ってくれるビールびんを利用することになる。まして使用済みビールびんには需要があり,売買で利益が得られるから,この方式が生き残るのは当然であろう。 ところで,最近,缶ビールは手軽だけれどもやはりまずい,しかも,アルミ素材は高価なので,びんビールより高い,ということに消費者は気が付いた。また,アサヒビールのスタイニーや黒生でみられるようにプラスティック保護膜で覆うことによりガラスびんの軽量化も進んだ。そこでこの誰もが儲かるこの方式が一般消費者にも復活しつつある。コンビニの店先にはケースに入ったビールの空きびんが積まれているのをよく見かけるようになった。 TOP 問題克服の処方箋 近 藤 邦 明氏 『環境問題』を考える より |
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更新履歴 新規作成:Mar.6.2009 最終更新日:Mar.12.2009 |
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