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 第七節 凶事・弔ヒ

 凶事ニハ、初七日、百ヶ日、一周忌、第三年、第七年、第十三年、第二十三年、第二十七年、第三十三年等ニ佛事アリ。
 神祭ニハ百日祭、一年祭、其レヨリ十年祭毎ニ祭忌ヲ行フ。凶事アレバ、親戚・隣保・朋友相会シテ式ヲ挙ゲ終リテ、饗應スルヲ例トス。食物ハ、精進料理ト称シテ菓子、餅、油物等ヲ用フルヲ通例トス。酒ハ用フレドモ、凶事ニハ祝儀ト異リ賓客遠慮シテ其ノ量ヲ過サザルヲ礼トス。法事等ニ於テ、従前ハ祝儀同様、必ズ酒ヲ用フル風アリシガ、近年ハ之レヲ用ヒザル者多クナレリ。

 喪礼
 死者出ヅレバ、訃音(しらせ)ヲ発シ、親戚故旧集リ来リテ弔意ヲ述ベテ去ル、近親者ハソレゾレ仕事ヲ分掌シテ納棺ノ準備ヲナス。納棺ハ、屍ヲ清潔ニシ髪ヲ理メ髯ヲ剃リ白衣ヲ纏ヒ(一定ノ服装アリ)、棺ハ、四角長方形、多クハ立棺ニ安座セシメテ納棺ス。納棺スレバ、床ノ間等ニ据エ、棺前ニ香花・菓子・茶等ヲ供ヘテ、近親者ハ「御通夜」ヲナス。
 翌日、又ハソノ近キ日、佛式又ハ神式ニヨリ葬式ヲ行フ。佛式ニテハ、當日僧来リテ「読経」シ、続イテ親族近所ノ人々・血縁者ニヨリテ葬列ヲトトノエ、墓地ニ至ル。墓地ハ元各戸ニアリタルモ、今ハ公葬地アリテ共同墓地ナリ。
 死後七日間ハ、精進シテ七日目(五日目)ニ法事ヲ営ム。當日モ僧来リテ読経、親類近親者・知人ヲ招キテ精進料理ノ御馳走ヲナス。普通、當日ハ菓子・反物ソノ他物等ヲ「引きもの」トイヒテ招待者ニ引ク。尚、當日ノ馳走ニ酒ヲ用フルモ「お茶」ト云ヒテ、アマリ多ク用ヒズ、當夜「おかみさま」ヲ頼ミテ「口よせ」ヲ聞ク。之レ、故人ニ代リテ残レル人々ト話シヲ交ハシコトナリトテ、中々本気ニナリテ聞ク。翌日ニ至レバ「御精進あけ」トテ酒肴ヲ用ヒテ馳走ヲナス。ソノ後、二・七日、三・七日、三十五日、四十九日、七十五日、百ヶ日ニ墓参ヲナス。
 ソノ後ハ、一周忌、第三年、第七年、第十三年、第三十三年忌トテ弔事ヲナスモ、近来ハアマリ行ハレズ。
 「かたみ」トテ、故人ニ近縁ノ人々ニハ種々ノ品ヲ分チ与フ。墓地ニハ通例、法名ヲ記シタル石碑ヲ立ツ。神式ニヨルモノニテハ、神主、僧ニ代リテ式ヲ行フ。式ノ供物ニハ肴モ用フ。ソノ後ハ、百日祭、一年祭、十年祭アリ。

〈附〉法事ニハ、「御悔」又ハ「御香代」等ト称シテ金品ヲ贈ル。又、僧ニハ「御布施」トテコレマタ金品ヲ提供ス。「しらせ」ニハ、通常二人宛廻リテ、一人ハ廻ラズ。又、忌中ノ中ハ神棚ニ貼紙ス。
 死者ハ直チニ屏風ヲ以テ囲シテ猫ヲ近ヨラシメズ。死者化ケルトイフ迷信アリ。弔礼ニ来ル客ノ門送リヲセズ。葬式ノ當日ハ、座敷ヨリ草履ハキニテ出ヅ。尚、草履ヲ脱グ時ハ手ヲカケズ。
 死者アル家ニ行キテ帰リタル時ハ、水及塩ヲ以テ口及身辺ヲ清ムルナラワシアリ。二十五才前ニハ、棺ヲ舁ガズ。又、妊婦ハ葬列ニ加ハラズ。屋外ニテノ死者(水死又ハ立木等ニ縊死)ハ、ソノ棺ヲ座敷ニ入レズ。


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底本:「復刻 眞瀧村誌」
 2003(平成15)年6月10日発行
発行者 眞瀧村誌復刻刊行委員会
代表 蜂谷艸平
2004年3月10日作成