環境問題と公共事業 | |
1. 工業化社会における公共事業 2. 環境問題からみた土木技術の限界 3. 水循環を考える 3-1 工業化社会の利水システム 3-2 ゴミ最終処分場をめぐる水循環 3-3 治水システムの歴史的変遷 3-4 川と海を巡る物質循環 3-5 水循環をどう回復するか? 1. 工業化社会における公共事業 環境問題において、生態系の物質循環あるいは人間社会の生産活動が営まれている「器」としての地球表面の物理的な変化も大きな要素の一つだと考えられま す。勿論、自然現象による変化もありますが、土木技術が大きな力を持つ現在では、むしろ人為的な地球表面の改変が大きな問題になっています。日本において 主にこれを担っているのが公共事業による土木構造物の建設です。 土木構造物を作る目的は、そこで営まれる人間社会の生産活動が円滑に行われるための「人為的な」環境を整備することです。そこで営まれる人間の社会シス テム(上部構造)に対して、その基盤となる構造物という意味でインフラストラクチャー(infrastructure = 下部構造)、あるいは単にインフラ、または社会資本と呼ばれています。 人以外の生態系、あるいはそれほど土木技術が大きな力を持っていなかった頃には人間も含めて、自然環境という器にあった営みを続けていたと考えられま す。組織的に自然環境に働きかけて人間社会の生産活動を円滑にし、住環境を整備し始めることによって文明が築かれたのかもしれません。 産業革命以後、特に石油文明が成立して以降、人間は巨大な構造物を作る技術を獲得するのにしたがって、急激に自然環境を改変し始めました。同時に、あま りにも大きな力を得たために、自然環境を人間が働きかけるべき対象物として捉え、人間社会の(刹那的な)都合によって簡単に改変するようになってしまいま した。その結果として、自然環境の地域性・特性や本来そこで営まれていた生態系の営みに対する配慮が希薄になってしまったようです。 現在の工業生産を生産活動の中心に置く社会では、工業生産を能率的に行い、原料資源や製品を迅速に運搬することが必要です。工業生産やその消費を能率的 に行うために、生産設備・人・物資が空間的に集積されます。具体的には沖積平野、特に日本のように工業生産に必要な物資を海外に依存している国では臨海部 の沖積平野に巨大都市が形成されることになります。 こうして形成された都市を維持するためには、必要なものを外部から供給することが必要です。その中でも最も重要なものの一つが水です。人の生活を支える 上水道用の飲料水、工業生産のために必要な工業用水を供給するために、山間地に巨大なダムを建設し、水を収奪的に都市に供給することになります。また、エ ネルギーを供給する送電線網やガス管網等が必要になります。「情報化」が進む現在では、例えば光ファイバー網などの情報通信網も必要になります。更に、原 料資源や工業製品の輸送のために都市間を結ぶ道路網、鉄道網、港湾・空港が整備されます。 都市に集積された大量の物資は、加工された後、製品と同時に大量の廃物を生み出します。また、都市生活者の生活からも大量の廃物が生み出されます。これを処理するために下水道網、汚水処理施設やごみ処分場も必要になります。 これらの社会システムを自然災害から守るために、防災設備の建設や災害復旧工事が行われます。 このように、工業化社会における公共事業は、工業を生産活動の中心に置く社会システムの要請によってその大枠が規定されています。個別の公共事業において自然環境に配慮した「よりましな工法」を選択する余地はありますが、そこにはおのずから限界があります。 工業化社会における公共事業にはもう一つの大きな目的があります。経済政策として、土木建設業界に対して事業を発注することによって、土木建設業界および関連企業に税金を投入し、経済活動を「活性化」することです。最近、長期間放置されている大規模公共工事が見直されている一方で、停滞気味の経済活動を回復させるために、短期的で即効性のある公共事業を前倒しで発注したり、新規事業を新たに行うのはそのためだと考えられます。 公共事業による土木工事は、工業化社会の生産活動を円滑に行うための機能の提供と、経済を下支えするという二つの側面から、工業化社会の社会・経済シス テムに深く組み込まれています。そのため、公共事業による自然環境の改変が原因となる環境問題は、本質的には上部構造である社会・経済システムにまで言及 しなくては解決されないということを認識することが必要です。 註)公共事業による経済的波及効果 現在の日本では、高度成長期とは異なり、公共事業の経済的波及効果はそれほど期待できません。高度成長期であれば、例えば工業団地の整備によって、それ に続いて個別企業の設備投資が起こり、さらに経済規模が拡大するという継続的な効果が期待できましたが、国内の生産設備が過剰になりつつある現在ではそれ ほど波及効果は期待できません。 今日では、公共事業による経済効果は、投入した税金を食いつぶすことによる一時的な需要で収束すると考えられます。これは、短期的には環境問題という側 面から考えれば好ましいかもしれません。しかし、国家・地方自治体の財政は更に悪化することが予想され、本当の意味で公共的立場からのみ実現可能な環境問 題対策などの事業に振り向ける財政的な体力の弱体化を招く恐れがあります。 2. 環境問題からみた土木技術の限界 現在の土木構造物の主要な材料は鉄とコンクリートです。自然環境の中に鉄とコンクリートで構造物を作るということは、構造物を作る前の自然環境の中で営 まれている無機的・有機的な物質循環を部分的に破壊し、物質循環の阻害要因を自然環境の中に固定することです。構造物を作ることによって、建設場所および その影響を受ける周辺の自然環境は急激にバランスを失い、不安定な状態になります。その結果、物理的な環境の変化に対応した新たな「安定した自然環境」に 遷移していきます。 構造物を作るという意味における土木技術は既に十分成熟した技術になっています。逆にあまりにも土木技術の持つ力が大きくなったために、自然環境に対する配慮を怠り、人間社会の機能的な要請から安易に自然環境を改変する傾向にあります。 土木構造物の建設という工業的な技術の特異性は、自然環境と直接対峙する点にあります。ここで言う自然環境とは構造物を建設する場所、あるいは構造物を 建設することによって何らかの影響を受ける周辺地域の地形、地質ないしその地下構造、水循環、気象条件等の無機的・物理的な条件に加えて、そこの生態系、 あるいは生態系を中心とした物質代謝も含めてその対象になります。 しかし、多くの要素が相互に複雑に関連した自然環境の全体像を的確に把握することは大変難しいことです。自然環境を改変することによる変化を的確に予測 することはそれ以上に難しいことです。分析的な手法で個別事象のデータを最大限収集しても、それで自然環境を把握したことにはなりません。細分化された分 析的な情報と全体としての自然環境の関連を的確に表現するということは非常に難しいことです。情報が膨大になればなるほど、個別事象相互の関係は複雑にな り、全体像としての自然環境をどう評価すべきか、ますます混乱が深まると考えられます。 土木構造物の建設のような、自然環境という大変複雑で微妙なバランスの上に成り立っているシステムの物理的な改変を伴う事業は、その影響を的確に予測す ることは技術的な限界があります。土木構造物の規模が大きくなるのにしたがって、影響を受ける範囲は時空的に大きくなり、ますますその予測は困難になると 考えなければなりません。 現在の公共事業・土木構造物建設の計画・設計段階において、構造物に要求される機能と、それを提供するための構造物をいかに作るかという技術的な問題に ついての検討はされても、その事業によって環境にどのような影響を与えるかという視点からの検討はほとんど行われていません。大規模事業では環境影響評価 が行われていますが、十分に機能していないのが実情です。 環境問題を考えるとき、公共事業の計画・設計段階で、出来る限り環境に与える影響を検討し、悪影響を回避することが必要です。しかし、どのように綿密に 影響予測を行ったとしても事業規模が大きくなれば予測不能なリスクが伴うことを認識して、安易に巨大事業を行わないようにすることが必要です。 3. 水循環を考える 地表の物理的な改変によって、環境に最も影響が大きいと考えられる要素の一つである水循環について考えてみます。例として、都市を中心とした水循環の変化について取り上げます。 3-1 工業化社会の利水システム 都市が形成される重要な立地条件の一つは、豊かな水の供給が可能だということでした。しかし、都市が大きくなるのにしたがって、その場所で得られる水だ けでは供給が間に合わなくなり、遠隔地で水を取水して水路で都市に供給することが始められました。更に需要が大きくなり、また土木技術で巨大な構造物を作 ることが可能になったことによって、更に遠い山間部に巨大なダムを建設して都市に送水することが可能になりました。 現在の都市は工業化社会の中核として、商工業を能率的に行うという目的に特化して集中的に資本を投下してインフラの整備が行われています。地表面は大部 分がコンクリートやアスファルトで覆われ、物質循環の重要な担い手である分解者としての地中微生物や小動物の生息環境が失われています。また都市では、遠 隔地から収奪的に水を供給される一方で、都市に降る雨は邪魔者としてコンクリートやアスファルトの表面からできるだけ速やかに排水路へ流し込まれて除去さ れます。その結果、都市の降水は、その大部分が生態系における物質循環に寄与することなく放水路と化した都市河川から海へ流れていくことになります。 このように、都市における水循環は、遠隔地からの給水によって水需要を賄う一方で、都市への降水は地表面で生態系の物質循環から分断されているのです。 都市における生産活動や人間の生命活動によって生まれる廃物(工場廃水・糞尿・生活廃水)は、水と一緒に下水道に流し込まれ、(生物)化学的な処理を行 われた後都市河川に放流され海に流れていきます。処理場で濾しとられた「汚れ」=汚泥は乾燥された後、ごみ処分場で埋設されます。 工場廃水に含まれる化学物質や金属は、もともと生態系の物質循環になじまないものが多いと考えられます。これが環境中に流れ出すことは本質的に環境破壊あるいは汚染になると考えられます。 しかし、人間の生命活動から生み出される「汚れ」である糞尿や生活廃水に含まれる有機質や栄養塩類など多くの物質は、人間社会の中では汚れであっても、 本来の生態系の中においては分解者である小動物や微生物そして第一生産者である植物にとっての有用な資源であり、生態系の物質循環の中で適切に処理される ならば、具体的には生きている土壌に還元して生物的に処理されるならば生態系を豊かにするはずです。これを「汚染」として処理している現在の都市のシステ ムは技術的に貧困だといえるでしょう。 人間の生命活動から出る廃物を生態系の物質循環で処理しきれないのは、まず第一に都市環境では生きている土壌がほとんど失われていることと、大型の生物 である人間があまりにも密集して生活しているために周辺の生態系の処理能力を超えた過剰な廃物が生み出されていることです。 第二に、都市を中心とした工業化社会は能率(=時間に対する処理能力)を最優先するシステムであり、生態系の持つ処理能力では、工業化社会の時間スケー ルとの間に差があり、人間社会からの廃物処理を生態系の物質循環システムの処理に任せていたのでは、工業化社会の「発展」の妨げになるからだと考えられま す。 このように、遠隔地から収奪的に都市に供給された水の多くは、都市の工業生産活動、あるいは消費活動を含む人間の生活から排出される廃物を処分場へと搬 送する手段として使われるだけで、生態系の物質循環に寄与することなく海へ流れてしまいます。また、都市からの廃物のうち、本来ならば有用な資源として生 態系に還元されて物質循環を豊かにするはずの物質の多くが工業的に処理され、ゴミとして最終処分場に埋め立てられ、生態系の物質循環から切り離されていま す。 一方、都市に大量の水を供給している河川では、本来ならばその河川を流下する間に流域との間に有機的な物質交換を担っている河川水が減少することによって、水質が悪化すると同時に生態系の物質循環も貧弱なものになります。 中流域や上流域においても「治水」目的のダム~連続堤による河川改修が進むにしたがって、水質は悪化し、流域との物質循環も更に制限されることになります。 河川の中流域や上流域では下流域の都市部に比べて比較的に人口密度が低いため、生活廃水や廃物を土壌に還元して生態系の物質循環の中で処理することが可 能だと考えられます。しかし、現実にはこのような地域においても都市部と同じように生活廃水は下水道によって終末処理場に集めて処理して河川改修が行われ て水路化した河川に速やかに流し込むという方法で処理する方向でインフラの整備が進められています。 このように、現在の都市を中心とした水の供給~下水処理システムは、都市部だけではなく河川の中・上流域を含めて生態系の物質循環の担い手としての水循環を破壊しているのです。 3-2 ゴミ最終処分場をめぐる水循環 少しわき道にそれますが、ゴミの最終処分場の問題について触れておきたいと思います。 現在、ゴミの分別収集が進められ、ゴミの一部は「工業的リサイクル」の資源として一部回収されていますが、最終的には、あるものは焼却処分され、また焼 却「しない」ものはそのまま、ゴミの最終処分場に埋設処理されます。清掃工場からの焼却灰、下水処理場からの汚泥も含めて埋設するゴミには重金属や生態系 に有害な物質が少なからず混ざっています。 ゴミの最終処分場の立地場所は、どちらかといえば都市部から離れた中山間地の谷あいに作られることが多いようです。これにはいくつかの原因が考えられます。 まず第一に、ゴミ処理経費を削減するために、地価が安く、しかも地形的に大量のゴミを埋設するためには山間地の谷間は都合が良く、比較的手をかけずに= 施設建設費用をかけずにすむからだと考えられます。そして第二には中山間地では、都市部に比べてゴミ処分場建設に対する住民の反対が少ないことも大きな要 因だと考えられます。 中山間地に建設されるゴミ処分場は、ゴミの埋め立てに都合が良いということは別の見方をすれば地形的に地表水の集まりやすい場所だと考えられます。埋設 されたゴミに浸透した水は、ゴミに含まれる有害物質を溶解してゴミ処分場から流れ出し、地表水や地下水を汚染することになります。たとえ、ゴムシートなど で止水層を作った管理型の埋設処分場であっても、長い間には必ず汚染された水は処分場外へ流れ出していくことになります。 ゴミ処分場の立地が河川の上流域であればそれだけ広範囲にわたって汚染が広がることになります。また、人目のつきにくい中山間地では処理業者も管理をおろそかにする可能性が高く、汚染に気付きにくくなる可能性が高いと考えられます。 このように、現在のゴミ処理システムもまた健全な水循環を質的な意味で阻害する大きな要因になっています。 3-3 治水システムの歴史的変遷 日本は、地形的に山地が多く、また年間降雨量も多いため、土木工事において利水と並んで治水が重要な要素になっています。 近代の土木技術が導入される前は、河川はかなり頻繁に氾濫を繰り返していたものと思われます。農耕、中でも水稲栽培を主とする日本では、沖積平野は古く より水田として利用されていたものと考えられます。河川上流域から流れ出す土砂は中流部・下流部に輸送され、河川勾配の緩やかな場所にその土砂が堆積する ことによって沖積平野が形成されます。 沖積平野において河川は、大雨により氾濫を繰り返すことによって、一時的には農耕にとって大きな被害をもたらすものの、反面上流域から有機物や栄養塩類 など農耕には欠かせない物質の運搬手段として大きな役割を担っており、生態系の物質循環の上で非常に重要な位置にありました。また、河口部に土砂や養分を 運び、沿岸漁業資源を育んでいました。 中世までは土木技術の限界もあり、社会的に重要な拠点を部分的に防御することが治水の中心であったと考えられます。水田耕作が始まって以来、中世までの長い期間、治水の中心は不連続堤の時代が続くことになります。例えば輪中堤や霞堤などがこれにあたります。 江戸期に入って、社会情勢が安定した期間が続いた結果、それ以前に比べてかなり積極的に新田の開発やそれに伴う利水施設としての水路建設や、運搬手段と しての川舟の利用のための水路建設がさかんに行われるようになり、同時に治水工事もその重要度が増したと考えられます。江戸期には、河道の変更を伴うよう な、かなり大規模な土木工事も行われましたが、治水工法、あるいは河川機能は中世の延長線上にあったと思われます。 これが明治期以降、近代的な土木工法の導入とともに大きく変貌することになります。また、社会的な背景として、農地の私有化が進むことによって、私有財 産の確保が以前に比べて重要度が増したこと、また農業技術として人為的な肥料の利用、特に現代では化学肥料の多用によって、河川の氾濫による上流部からの 物質輸送機能という積極的な意味合いは薄れ、むしろ氾濫を極力抑制して(個人)財産を水害からいかに守るかが社会的な要請となったことも見逃せません。 以下、少し古い文献ですが、近代から現在に至る治水工法の歴史的変遷について引用しておきます。 16.2.2 治水工法の歴史的変遷(土木工学辞典 朝倉書店1980年 680~681頁)
・・・・・ 明治時代に入り,近代土木技術の導入とともに,大規模河川工事が可能となり,治水工法の主流は連続堤の構築に向けられていった.主要防御地点である下流 から上流に向けて築堤が延長されるにつれて,洪水が激化するという一見,矛盾した傾向が現れはじめる.これは,今まで無堤部で氾濫し,期せずして遊水効果 を発揮していた流域部分に堤防が築造されると,遊水を堤外地に取り込んでしまうために,洪水流量が増大するためである.この流量増加に対処するため堤防高 を大きくすると破堤時の危険が増大することもあって,連続堤による洪水対策もおのずから限界があることが認識されて,第二次大戦以降,わが国ではさかんに 貯水池による洪水制御が行われるようになった.詳細は後述するが,その原則は,出水期に可及的貯水池水位を下げて洪水を待ち,洪水時に極力この空容量に洪 水を貯めこんで無害な程度に下流に放流するといった操作を行う. このように見てくると,点防御としての輪中堤,線防御としての各種築堤,立体的な容量確保としての貯水池といった史的変遷がたどられるからそれを外延す れば今後の治水のあり方は必然的に面としての防御,すなわち流域貯留による出水制御を目ざさざるをえないことが理解されよう. ・・・・・ 註)堤外地:堤防にはさまれた河道および河川敷地を指す。(近藤) 上述のとおり、現在の主要な治水工法は貯水池(治水ダム)~連続堤工法です。この工法は、引用文にも説明されているとおり、またその他にも色々な問題点を含んでいます。
まずダムについては、現在の日本においては治水目的という単一目的のダムは少なく、むしろ農業用水・工業用水・生活用水の確保などの利水目的も大きな要 素です。降水量の多い、つまりダムによる洪水調整が必要な時期は梅雨時期から台風シーズンですが、この時期は同時に農業用水や生活用水の消費量が増大する 時期であり、利用可能なダムの貯水量はあるレベルを確保する必要があるため、放流操作には常に治水と利水のジレンマが存在します。更に、水量調整に大きな 意味を持つ降雨量の予測もかなり難しい問題を含んでいます。また、貯水池の水は動きが少ないため、常に酸素欠乏的な状態にあるため水質の悪化は避けること が出来ません。また、ダム建設以前の環境を大規模に改変するため生態系あるいは地形の安定性が損なわれることになります。 連続堤による河川改修の基本的な考え方は、いかに速やかに大量の水を海に放流するか(疎通能力の増大)というものです。その方法は、河川の流水断面積を 増加すること、水深を大きくすること、河床勾配を大きくすること、そして流水抵抗を少なくすることです。具体的には、河川の幅と深さを大きくすることに よって流水断面積と水深を大きくし、蛇行した河道を直線的に変更することによって河床勾配を大きくし、更に3面をコンクリートで張るなどして流水抵抗を少 なくすることです。 コンクリートの連続堤の築堤によって、河川と流域の水の相互の交換は抑制されることになり、引用文でも指摘しているとおり、堤外地に遊水池を囲い込むこ とによって洪水は激化する可能性があります。また、疎通能力を増大するということは、河川水のエネルギーをなるべく損なわないようにすることですから、ど こか連続堤の弱点部分で破堤すると大きなエネルギーを温存した洪水流がその点に集中して激甚な災害になる可能性が高くなります。また、堤内地に流れ込んだ 洪水流は嵩上げされた連続堤によって築堤前に比べて長期間堤内地に滞留することになります。 自然河川の河床では、上流域では大きな岩石があり、中流域では川砂利や砂、下流域では細砂や泥が堆積しています。また地形や地質によって滝のような急流 があり、また淵や瀬が形成され、また蛇行し多様な環境が形作られました。自然河川は流下するうちに複雑な地形で適度に曝気され、多様な環境に多様な生態系 が形成され、水棲生物は河川水の溶存物質を消費することによって河川水を浄化していました。また、洪水時の河川の氾濫を含めて河川流域との有機的な物質交 換の担い手として重要でした。 ダム~連続堤による治水は、基本的に破堤しないことが前提の工法です。これは言い換えると、川を堤外地に囲い込み、流域から河川へ水あるいは水に含まれ る物質を一方的に流し込むことです。これは河川と流域相互の物質交換を抑制するため、流域の生態系との物質循環を抑制することになります。また、上流部の 取水で減少した河川水を疎通能力を大きくし放水路と化した単調な河道に流し、更に流域からの生活廃水が流れ込むことによって水質の悪化が進んでいます。こ うして、河川および流域の生態系は両方とも貧弱なものになります。 ダム~連続堤による治水は、破堤しないことが前提ですが、ダムの放流操作の失敗も含めて完全ではありません。無理に連続堤の嵩上げをすることは破堤時の 危険性を増大することになります。加えて河川上流部に及ぶ流域の都市化(地表面の不透水化、雨水の排水路による集水等)、水田の放棄、経済林の放置による 山林の荒廃、林地の乱開発(例えばリゾート法による大規模開発)などの土地利用形態の変化によって、降雨の河川への到達時間は総じて短縮する傾向にありま す。これは洪水のピーク流量を増大させ、破堤の危険性は近年増大していると考えられます。 こうした状況は既に数十年前から顕在化しており、引用文献でも説明されているとおり、『このように見てくると,点防御としての輪中堤,線防御としての各種築堤,立体的な容量確保としての貯水池といった史的変遷がたどられるからそれを外延すれば今後の治水のあり方は必然的に面としての防御,すなわち流域貯留による出水制御を目ざさざるをえない』と考えられます。 3-4 川と海を巡る物質循環 これまでの議論の中でも、水の物質循環機能について触れてきましたが、ここでもう一度まとめておきたいと思います。 地球上の水の大きな循環は、まず、降水(降雨あるいは降雪)によって地表に水が供給され、高所への降水は地表水あるいは地下水となり、最終的には地球重 力によって海へと流れ下ります。一部は海へ流下する途中で植物の蒸散や地表面からの蒸発という形で再び大気中に戻っていきます。河川水は海に到達して更に 海洋からの蒸発によって大気中へ戻っていきます。 水の蒸散あるいは蒸発は、地球上(必ずしも地表だけではない)で行われるあらゆる無機的有機的変化によって増大したエントロピー(=廃熱)を潜熱として 持ち去り、地球系外へ廃棄する重要な機能を持っています。この点については、環境問題総論の槌田氏のレポートに詳しいのでここではこれ以上触れません。こ こでは、主に地球上の物質循環の担い手としての地表水の機能を中心に総括しておきます。 高所への降水は、地表を流れ下る間に、地上の生態系の生命活動に寄与しながら、あるものは地下水となりまたあるものは河川水となって海へと流れ下りま す。その間に、地表の養分や鉱物ををその中に溶かし込み河川へと注ぎ込みます。適度に養分を含む河川水は水棲生物を育みます。水棲生物の一部は鳥や獣(勿 論、人も含まれます)の餌となり捕食されます。ここに、河川と流域との間に捕食という形で物質の還流が起こり循環が形成されます。鳥や獣の排泄物は再び陸 棲植物に吸収され流域の生態系を復元し豊かなものにします。 また、河川は中流域から下流域の河床勾配の緩やかな場所に上流域で侵食した腐葉などの有機質や鉱物質に富んだ土砂を堆積し沖積平野を形作ります。沖積平 野は肥沃な土地となって陸棲植物を育み、また農地として活用されます。ここでもまた河川水に含まれる養分が流域へと還流することによって物質循環が形成さ れます。 更に河川水は海まで到達し、沿岸部に適度な栄養分と土砂を供給します。その結果沿岸部の魚類をはじめとする生態系が豊かになります。魚を中心とする水棲生物は、ここでも鳥や獣の餌になり、捕食を通して再び海から陸への物質の還流が起こります。 無機的な液体としての水は、地球重力によって陸上の物質を溶かし込みながら海へ一方的に物質を輸送するという基本的な性質を持ちます。海に流れ込んだ栄 養分もまた重力によって海の深みへ物質を輸送することになります。地球上に動物を含む生態系がなかったならば、やがてすべての栄養分は海洋の深みへ流れ込 み、陸上は岩石の露出した不毛の土地へと遷移していくことになります。 しかし、海にも水の流れがあり、物質の大規模な循環が存在します。地球の自転運動による海流と海水の密度の差によって深海の養分に富んだ海水が海面に上 昇してきます。この海水の湧昇によって海底に沈んだ養分は再び地球の生態系の物質循環に戻ってきます。湧昇の起こる海域は魚類をはじめとする豊かな生態系 を育むことになります。 これまで見てきたように、地上の生態系を豊かにするためには、たんに無機的な水の循環だけが重要なのではなく、水をめぐる生態系、特に水が重力作用に よって物質を下へ向かって輸送するのとは反対に重力に抗して水の中から物質を地上へと運び上げる動物の存在が決定的に重要なことが分かります。 これまで水中の養分を陸上へ運び上げる動物として鳥と獣の存在を強調してきました。しかしそれだけではありません。最近の研究から、川と海を還流する生 態を持つサケ・マス科等の遡河性回遊魚の海から陸への物質運搬機能が無視できないほど大きいものだということが明らかになりつつあることを付言しておきま す。 3-5 水循環をどう回復するか? これまで、都市を中心として構成された現在の水循環システムの現状、そして本来の水循環が担っていた物質循環の機能について概観してきました。環境問題 を改善するための水循環システム再構築の方向性はほとんど自明です。既に見てきた、近代の公共事業を通じて構築された水循環システムで失われた本来の物質 循環機能を回復し、それをさらに豊かなものにする方向でシステムを再構築することです。 最近、「多自然型」の河川改修法が実施され始めているのは、それなりに評価されるものかもしれません。また、都市部における雨水の中水道としての利用も、上流域からの取水量を減らし、本来の河川水量を回復するという意味で積極的な意味をもつと考えられます。 しかし、水循環を考える場合、人間社会の中における利水、あるいは治水だけではなく、河川流域の生態系を含めた物質循環まで含めた総合的な見直しをする ことが必要です。例えば多自然型の河川改修は技術的にはまだ稚拙な面が多いようですが、それだけではなく、その背景にある概念としての「親水」という人間 の娯楽的な要求から、表面的な造形にとどまっており、流域の生態系を含めた河川機能の理解にまでは至っていないように思われます。 総合的な水循環を回復するためには、上・下水道をはじめ農業用水、工業用水を含む利水面、災害のコントロールを目的とする治山・治水面、更には河川流域の土地利用形態、産業構造まで含めた総合的な水循環の見直しが必要です。 |
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